カテゴリー「06 - 政治・経済・社会」の記事

2009.03.30

定額給付金の支給

Bull327200972051 世界的な不景気に苦しんでいるのはアメリカや日本だけじゃない。タイだって大変だ。とくにタイには世界的メーカーの下請け工場が多い。

そんな中、タイ政府も3000億円規模の景気対策を打ち出していて、その中には「定額給付金」の支給も含まれている。つい先日その支給がスタートした、と新聞記事になっています。

金額は一人2000バーツ(約6000円)。 小切手で受け取り、銀行で換金できる。ショッピングセンターでは5%、10%を上乗せして商品券に換金しているとのこと。

支給対象を月収が15000バーツ(約45000円)以下の低所得~中所得層に限定したため、受給するのはタイ全土で約800万人だそうです(タイの人口は6000万人超)。

Cash giveaway creates crowds, confusion PHUKET CITY: The first day for mid- and low-wage workers to pick up 2,000-baht checks offered under the government’s economic stimulus package saw a huge crowd form at Phuket Community Hall in Phuket City on yesterday.

Many people were confused by the process, which involves first making a trip to the nearby Social Security Office to see what day the checks will become available.

Those whose names were on the first of three batches were then able to pick up the check at the Community Hall, about half a kilometer away.

Island-wide, about 7,000 people got checks on the first day.

Qualified residents were able to cash the checks on the spot at a table set up by Bangkok Bank.

Central Festival and Big C also had booths and offered recipients extra purchasing power in the form of gift vouchers worth Bt2,200 and Bt2,100 for people exchanging the checks at their department stores.

The period to pick up the checks runs until April 8.

The checks are available to civil servants and those with jobs registered with the Social Security Fund making less than 15,000 baht per month. Foreigners are not eligible.

Over 100,000 people in Phuket’s three districts (Muang, Kathu, Thalang) will receive checks, which the government hopes they will pump back into the economy by spending.

Residents in most of Muang District can pick up their checks at Phuket Community Hall, where the checks will become available in batches determined in alphabetical order by surnames.

Residents of Chalong, Rawai and Karon will get their checks at Muang Phuket School in Rawai on April 2 to 8.

Thalang residents can pick up checks at Thalang Pranangsang School until April 8.

In Kathu, the checks will be available at Kathu Wittaya School from March 26 to 28 and at Wat Suwankeereewong School in Patong from March 29 to April 8.

Phuket Social Security Office head Pontip Tanthai told the Gazette she was confident that all those eligible for checks would get them and that nobody would be left out.

Most of the recipients the Gazette spoke to said they planned to spend the money on household goods needed by their families.

Similar scenes took place yesterday across the country. Overall, some eight million people will receive the checks, which make up about 10% of the government’s 117-billion-baht stimulus package.

(Phuketgazette 2009/3/27)

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2008.11.27

京大桂キャンパスとフードマイレージ

Katsura1

所用で、京大の桂キャンパスに行ってきた。 京大のキャンパスといえばまずは左京区の百万遍界隈だけど、 昨今は手狭になってきたようで、宇治にもキャンパスがあるし、 2003年からは工学研究科の多くが桂キャンパスに移転している。

ところが、京都市に広い土地なんてろくに余ってないから、 桂キャンパスは桂御陵坂という丘を切り開いてつくった。 というわけで景色はご覧の通り。

ちょっとした山登りで、日帰りハイキング並に疲れた。

Katsura2

Katsura3


ランチは生協食堂で430円の唐揚げラーメンを食べた。味はまずまず合格点。
ここで面白いものを見つけた。

Foodmileage

Food2 ピンぼけしてしまって見にくいので、よそから拝借してきた拡大サンプルも右に掲載してみたが、これ、メニューごとのフードマイレージとCO2排出量が書いてある。秤の上にのっている左側の赤い瓶がフードマイレージ、右側の緑色の便がCO2排出量。

フードマイレージとは、 食料の輸送に伴い排出されるCO2が地球環境に与える負荷を数値で表したもの。単位のt・kmというのがなんだか違和感があるけれど、これは、(食料の輸送量・重さ t)×(食料の輸送距離 km)の単位だそうだ。まあ1気圧とか1ジュールとかと同じように、一つの単位として考えておけばいいようだ。この数字に、輸送手段ごとのCO2排出量をかけて、この一皿の食事の食材をここまで運んでくるのに必要だったCO2排出量をグラムで表示している。

※企画元のHPはこちら
http://www.kyoto-bauc.or.jp/food/food_mileage/

なかなか面白い試みだとは思った。73gのCO2に、どれだけの温暖化効果があるのかピンと来ないけれど、食欲がそれほど旺盛でない時には、なんとなく数値の小さい食材を選ぼうかなという気にはなる。地産地消、異議なし。

だが待てよ。これって、作物の育成や加工や調理に必要なエネルギーは一切考慮してない数値じゃないか。どうせなら、ここまでこだわって欲しかったなあ。

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2008.11.05

バラク・オバマ氏 勝利宣言スピーチ全文 (英文と和訳)

Artobamaspeech 大統領選に勝利したバラク・オバマ上院議員の勝利宣言スピーチを、感動にまかせて全文和訳してみました。下部に英語原文があります。

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ハロー、シカゴ。

もし、まだ疑いを抱いている人がいるとしたら ― アメリカはあらゆることが実現可能な場所であることに、建国者たちの夢が現在も生きていることに、民主政治の力に、疑いを抱いている人がいるとしたら、今晩がその答えだ。

これは、この国の歴史上かつてない程に並んだ学校や教会の行列が、多くはその人生において初めてそこに3時間も4時間も並んだ人々が出した答えだ。今回は違うに違いない、今回は彼らの声が違いを生み出すに違いないと信じた彼らが出した答えだ。

これは、若い人とお年寄り、金持ちと貧しい人、民主党員と共和党員、黒人、白人、ヒスパニック、アジアン、ネイティブアメリカン、ゲイとストレート、障害者と非障害者たちが出した答えだ。アメリカはただの個々人の集合体ではない、ただの赤い州と青い州の集合体ではない、ということを世界に示した人たちだ。

我々は、これからもいつだって、the United States of America(アメリカ合衆国)だ。

彼らが示したこの答えが、長い間、我々が成し遂げられることなど少ないと教えられ、冷やかに、怖れ、懐疑的だった人達を、希望のあるより良い将来に向けて、その人たちの手で歴史の灯をともさせた。

長い道のりだったが、今晩、この日、この選挙戦で我々が成し遂げたことをもって、たった今この瞬間、アメリカは変わった(CHANGE HAS COME TO AMERICA)。

少し前、マケイン上院議員からすばらしい祝賀の電話をいただいた。

マケイン上院議員は長く力強く、この選挙キャンペーンを戦った。そして彼はこれまでも、彼が愛するこの国のために長く強く戦ってきた。彼は我々の多くが想像もできないほど、アメリカのために自らに犠牲を強いてきた。我々の暮らしは、この勇敢で私心なきリーダーが果たしてきた役務の上に成り立っている。

私は彼に、そしてペイリン知事に、これまで彼らがやってきたことに対して祝辞を送ります。そして、この国の将来を一新するため、近いうちに一緒に仕事できることを楽しみにしています。

私はこの長旅における私のパートナー、この長旅を心から続けてくれた、スクレントンで共に育ってきた人たちのために話し、デラウェアへの戻り電車に一緒に乗った、選ばれたアメリカ合衆国副大統領、ジョー・バイデン氏に感謝します。

そして私は、もし彼女のたゆまざるサポートがなければ、ここにこうして立っていることはなかったでしょう。私の16年間にわたる親友であり、我々の家庭の礎であり、私の愛する人であり、次期アメリカ合衆国のファーストレディ、ミッシェル・オバマです。

サーシャとマリア、私は君たちを君らが想像できないほど愛しているよ。君たちは新しい子犬を稼いだよ。ホワイトハウスで一緒に暮らすんだ。

そして彼女はもうここにはいないが、私の祖母は、私を私に育ててくれた家族達と一緒に今日の日を見ていると思う。私は彼らをとてもmissする。彼らに対する感謝の思いは計り知れない。

姉のマヤ、アルマ、その他の全ての兄弟姉妹たち、これまでの全ての支援に本当に感謝します。

そして私の選挙マネジャー、デイビッド・プラフにも本当に感謝します。彼はこの選挙戦の影のヒーローで、アメリカの歴史上最高の選挙を築いてくれた。

そして私の戦略チーフ、デイビッド・エクセロッド。彼は一つ一つの歩みのいつでも、私のパートナーでした。

そして集まってくれた、政治史上最高のキャンペーンチーム。君たちがこれを実現したんだ。私は君たちが今日の日を実現するために自らを犠牲にしてきたことについて、永遠に感謝します。

しかし何よりも、私はこの勝利が真に誰のものなのか、絶対に忘れることはないでしょう。この勝利はあなた達のものです。この勝利はあなた達のものです。

私はホワイトハウスの候補者には全く遠い存在だった。私たちがスタートしたときは、選挙資金も有力者の支持もほとんどなかった。我々のキャンペーンは、ワシントンのホールで温められてきたものではなかった。それはデス・モイネスの裏庭で、コンコードのリビングルームで、チャールストンの玄関で始まったものだった。それは少ない貯えの中から5ドル、10ドル、20ドルを寄付した労働者達によって支えられてきたものだ。

それは彼らの世代の信仰のように言われていた政治的無関心を拒絶した若い人たち、少ない賃金と少ない睡眠しか提供できない仕事のために家を離れ家族を離れてきた人達によって、逞しくなっていった。

Obama それは、厳しい寒さも灼熱の熱さも物ともせず、全く知らない人の家のドアを叩いてきたそれほど若くない人たちによって、あるいは、ボランティアに集い、組織をつくり、200年の後の今でも人民の、人民による、人民のための政治は朽ち果てていないことを証明した幾百万ものアメリカ人によって、力を蓄えていった。

これはあなた達の勝利だ。

そして私は、あなた達がただ選挙に勝つために、あるいはただ私のためだけに、これらをしてきたわけではないことを知っている。

あなた達は、目の前にある困難の深刻さをよく理解しているから活動してきたんだ。こうして今晩祝っている時でさえも、我々は明日の試練は我々の人生において最大のものであることを知っている - 二つの戦争、危機にある地球、100年に一度の金融危機。

こうして今晩ここに立っている時でさえも、我々は、イラクの砂漠で、あるいはアフガニスタンの山岳で、我々のために命を賭している勇敢なアメリカ人がいることを知っている。

子供が寝静まった後で、どうやって住宅ローンを払うか、医療費の支払いをどうするか、どうやって子供の大学進学のための貯蓄をするか、頭を悩ませている父親が、母親がいることを知っている。

新しいエネルギーを動力化しなければならない。新しい雇用を創出しなければならない。新しい学校を建設しなければならない。脅威に対峙しなければならない。同盟関係を修復しなければならない。

目の前にある道は長く、我々の歩みは険しいものになる。我々は一年間や一期ではそこにたどり着けないかもしれない。しかしアメリカは必ず到達する。私は今晩ほど確信を持ったことはない。

私はあなた達に約束する。我々合衆国人民は、そこに到達する。

後退も、間違った着手もあるだろう。私が大統領として行う決断や政策に賛成しない人々もいるだろう。そして政府が全ての問題を解決できるわけでもない。

しかし、私は、私達が直面する困難について、いつでもあなた達に誠実であり続ける。私はあなた達の声を聞く、特に我々の意見が異なるときには。そして何よりも、私はこの国を再建する仕事にあなたが参加することを願う。ブロックと煉瓦とたこで硬くなった手によって・・・221年の間この国で行われてきた唯一の方法だ。

21か月前の真冬に始まったものは、この秋の夜に終わってはならない。

この勝利だけが、我々が求めてきた変革(CHANGE)ではない。これは変革を起こすための一つのチャンスにすぎない。もし我々が昔に戻ってしまっては変革は起きない。

変革はあなたなしには起きない。新しいサービスの精神がなくては、新しい犠牲の精神がなくては、変革は起きない。

だから新しい形の、愛国主義の、責任の精神を集結しよう。我々一人一人が、熱意を持って取り組むことを決意し、自分のことだけでなくお互いのケアをする精神を。

覚えておこう。もしこの金融危機が我々に何かを教えてくれたのだとしたら、それはメインストリートが苦しんでいる時にウォールストリートが繁栄するのは間違っている、ということだったということを。

この国では、我々は一つの国として、一人の人として、上昇もし下降もする。我々の政治を長い間毒してきた、党派主義や狭量や非成熟に陥る誘惑を拒絶しよう。

覚えておこう。自助と、個人の自由と、国の連帯に価値を置いて創設された、共和党の旗を最初にホワイトハウスに立てたのは、この州出身の一人の男であったことを。

それらは我々全員が共有する価値だ。そして今晩、民主党が偉大な勝利をおさめた。我々は、我々の前進を妨げてきた分断を修復するために、謙遜と裁量の物差しを持ってその価値を共有する。

今の我々よりももっと分断されていた国に向けてリンカーンが言ったように、我々は敵ではなく友人なんだ。こじれてしまったかもしれないが、愛情の絆を壊してはいけない。

そして私が支持を得られなかったアメリカ人たちへ。私はあなた達の票を得られなかったかもしれないが、私はあなた達の声を聞く。我々はあなた達の支援が必要だ。そして私はあなた達の大統領にもなる。

海の向こうから今晩を眺めている人たちへ。議会や宮殿から眺めている人、世界の忘れられた片隅でラジオの周りに集まっている人々、我々の物語は一人称だが、我々は運命を共有している。アメリカのリーダーシップの新しい夜明けはもうすぐだ。

世界を分断しようとする人たちへ。我々はあなた達に勝つ。平和と安全を望む人たちへ。我々はあなた達を支援する。そしてアメリカの灯はまだ明るく燃えるのか懐疑的だった人たちへ。今晩我々は、我々の国の真の強さは軍事力でも富の量でもなく、不朽の我々の理想 - 民主政治、自由、機会、そして弛まざる希望 - の力から来ることをいま一度証明した。

これがアメリカの真の特質だ。アメリカは変革できる。我々の連帯は完全にできる。これまでに我々が実現してきた事実は、明日我々ができること、あるいはしなくてはならないことを実現できるという希望を与えてくれる。

この選挙ではたくさんの初めてが、そして世代を超えて伝えられていくであろうストーリーが生まれたが、今晩、私の胸にあるストーリーは、アトランタで投票した一人の女性のことだ。彼女は他のたくさんの人達と同じように、国政に声を届けるために列に並んで投票をした。一つのことを除いては - アン・ニクソン・クーパー氏は106歳だ。

彼女は奴隷時代のたった一世代後に生まれた。道には車がなく、空には飛行機がなかった時代だ。彼女のような人は二つの理由で投票できなかった。彼女は女性だったから、そして肌の色だ。

今晩、私は彼女が見てきたであろうアメリカの一世紀を考える。頭痛と希望と。苦闘と前進と。我々はできないと教えられてきた時代、人々がそう信じさせられたきた時代。 いや、我々はできる(YES WE CAN)。

女性は黙らされ、彼女たちの希望は無視された時代。彼女は女性が立ちあがり、声を上げ、投票権を得たのを見てきた。 我々はできる(YES WE CAN)。

埃の器に絶望があふれ、恐慌が全土を襲った時代。彼女はこの国がニューディールで、新しい雇用で、新しいセンスの社会的共通目標で、恐怖に打ち勝ったのを見てきた。我々はできる(YES WE CAN)。

我々の入江に爆弾が落とされ、専制が世界を脅かした時代。彼女はそこにいて、人々が立ちあがって民主政治を守ったのを目撃してきた。我々はできる(YES WE CAN)。

モントゴメリーのバス、バーミンガムのホース、セルマの橋、アトランタの牧師が人々に「我々は克服するだろう」と説いたのを見てきた。我々はできる(YES WE CAN)。

月に人が降り立ち、ベルリンで壁が崩れ、世界は我々自身の科学と想像力によってつながった。

そして今年、この選挙で、彼女は彼女の指をスクリーンにかざし、一票を投じた。なぜならアメリカで106年生きてきて、最高の時代と暗黒の時代を知る彼女は、アメリカはどのように変われるのかを知っているから。

我々はできる(YES WE CAN)。

アメリカ。我々はこんなに遠くまで来た。我々はたくさんを見てきた。しかし、まだまだすることがある。だから今晩、自問自答してみよう。もし我々の子供が次の世紀を見れるとしたら、もし私の娘が幸運にもアン・ニクソン・クーパーのように長生きできるとしたら、どんな変革を彼らは見るだろう? どんな前進を我々は築いてきただろう。

今が、この質問に対し、我々が答える機会だ。今が時だ。

今が、人々を仕事に戻し、我々の子供たちに機会の扉を開くための、我々の時だ。繁栄を維持し、平和の原因を促進する時だ。アメリカンドリームを再び求める時だ。そして根本的な真実を再確認する時だ - たくさんあるが、まず、我々は一つであること。我々は常に希望を持つこと。そして冷やかに、懐疑的に、我々はできないと言う人々に対しては、我々は人々の精神を集約するこの不朽の信念で応えること。

「YES WE CAN」

ありがとう。あなた達に神の祝福がありますように。アメリカ合衆国に神の祝福がありますように。

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Hello, Chicago.

If there is anyone out there who still doubts that America is a place where all things are possible, who still wonders if the dream of our founders is alive in our time, who still questions the power of our democracy, tonight is your answer.

It's the answer told by lines that stretched around schools and churches in numbers this nation has never seen, by people who waited three hours and four hours, many for the first time in their lives, because they believed that this time must be different, that their voices could be that difference.

It's the answer spoken by young and old, rich and poor, Democrat and Republican, black, white, Hispanic, Asian, Native American, gay, straight, disabled and not disabled. Americans who sent a message to the world that we have never been just a collection of individuals or a collection of red states and blue states.

We are, and always will be, the United States of America.

It's the answer that led those who've been told for so long by so many to be cynical and fearful and doubtful about what we can achieve to put their hands on the arc of history and bend it once more toward the hope of a better day.

It's been a long time coming, but tonight, because of what we did on this date in this election at this defining moment change has come to America.

A little bit earlier this evening, I received an extraordinarily gracious call from Sen. McCain.

Sen. McCain fought long and hard in this campaign. And he's fought even longer and harder for the country that he loves. He has endured sacrifices for America that most of us cannot begin to imagine. We are better off for the service rendered by this brave and selfless leader.

I congratulate him; I congratulate Gov. Palin for all that they've achieved. And I look forward to working with them to renew this nation's promise in the months ahead.

I want to thank my partner in this journey, a man who campaigned from his heart, and spoke for the men and women he grew up with on the streets of Scranton and rode with on the train home to Delaware, the vice president-elect of the United States, Joe Biden.

And I would not be standing here tonight without the unyielding support of my best friend for the last 16 years the rock of our family, the love of my life, the nation's next first lady Michelle Obama.

Sasha and Malia I love you both more than you can imagine. And you have earned the new puppy that's coming with us to the new White House.

And while she's no longer with us, I know my grandmother's watching, along with the family that made me who I am. I miss them tonight. I know that my debt to them is beyond measure.

To my sister Maya, my sister Alma, all my other brothers and sisters, thank you so much for all the support that you've given me. I am grateful to them.

And to my campaign manager, David Plouffe, the unsung hero of this campaign, who built the best -- the best political campaign, I think, in the history of the United States of America.

To my chief strategist David Axelrod who's been a partner with me every step of the way.

To the best campaign team ever assembled in the history of politics you made this happen, and I am forever grateful for what you've sacrificed to get it done.

But above all, I will never forget who this victory truly belongs to. It belongs to you. It belongs to you.

I was never the likeliest candidate for this office. We didn't start with much money or many endorsements. Our campaign was not hatched in the halls of Washington. It began in the backyards of Des Moines and the living rooms of Concord and the front porches of Charleston. It was built by working men and women who dug into what little savings they had to give $5 and $10 and $20 to the cause.

It grew strength from the young people who rejected the myth of their generation's apathy who left their homes and their families for jobs that offered little pay and less sleep.

It drew strength from the not-so-young people who braved the bitter cold and scorching heat to knock on doors of perfect strangers, and from the millions of Americans who volunteered and organized and proved that more than two centuries later a government of the people, by the people, and for the people has not perished from the Earth.

This is your victory.

And I know you didn't do this just to win an election. And I know you didn't do it for me.

You did it because you understand the enormity of the task that lies ahead. For even as we celebrate tonight, we know the challenges that tomorrow will bring are the greatest of our lifetime -- two wars, a planet in peril, the worst financial crisis in a century.

Even as we stand here tonight, we know there are brave Americans waking up in the deserts of Iraq and the mountains of Afghanistan to risk their lives for us.

There are mothers and fathers who will lie awake after the children fall asleep and wonder how they'll make the mortgage or pay their doctors' bills or save enough for their child's college education.

There's new energy to harness, new jobs to be created, new schools to build, and threats to meet, alliances to repair.

The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even in one term. But, America, I have never been more hopeful than I am tonight that we will get there.

I promise you, we as a people will get there.

There will be setbacks and false starts. There are many who won't agree with every decision or policy I make as president. And we know the government can't solve every problem.

But I will always be honest with you about the challenges we face. I will listen to you, especially when we disagree. And, above all, I will ask you to join in the work of remaking this nation, the only way it's been done in America for 221 years -- block by block, brick by brick, calloused hand by calloused hand.

What began 21 months ago in the depths of winter cannot end on this autumn night.

This victory alone is not the change we seek. It is only the chance for us to make that change. And that cannot happen if we go back to the way things were.

It can't happen without you, without a new spirit of service, a new spirit of sacrifice.

So let us summon a new spirit of patriotism, of responsibility, where each of us resolves to pitch in and work harder and look after not only ourselves but each other.

Let us remember that, if this financial crisis taught us anything, it's that we cannot have a thriving Wall Street while Main Street suffers.

In this country, we rise or fall as one nation, as one people. Let's resist the temptation to fall back on the same partisanship and pettiness and immaturity that has poisoned our politics for so long.

Let's remember that it was a man from this state who first carried the banner of the Republican Party to the White House, a party founded on the values of self-reliance and individual liberty and national unity.

Those are values that we all share. And while the Democratic Party has won a great victory tonight, we do so with a measure of humility and determination to heal the divides that have held back our progress.

As Lincoln said to a nation far more divided than ours, we are not enemies but friends. Though passion may have strained, it must not break our bonds of affection.

And to those Americans whose support I have yet to earn, I may not have won your vote tonight, but I hear your voices. I need your help. And I will be your president, too.

And to all those watching tonight from beyond our shores, from parliaments and palaces, to those who are huddled around radios in the forgotten corners of the world, our stories are singular, but our destiny is shared, and a new dawn of American leadership is at hand.

To those -- to those who would tear the world down: We will defeat you. To those who seek peace and security: We support you. And to all those who have wondered if America's beacon still burns as bright: Tonight we proved once more that the true strength of our nation comes not from the might of our arms or the scale of our wealth, but from the enduring power of our ideals: democracy, liberty, opportunity and unyielding hope.

That's the true genius of America: that America can change. Our union can be perfected. What we've already achieved gives us hope for what we can and must achieve tomorrow.

This election had many firsts and many stories that will be told for generations. But one that's on my mind tonight's about a woman who cast her ballot in Atlanta. She's a lot like the millions of others who stood in line to make their voice heard in this election except for one thing: Ann Nixon Cooper is 106 years old.

She was born just a generation past slavery; a time when there were no cars on the road or planes in the sky; when someone like her couldn't vote for two reasons -- because she was a woman and because of the color of her skin.

And tonight, I think about all that she's seen throughout her century in America -- the heartache and the hope; the struggle and the progress; the times we were told that we can't, and the people who pressed on with that American creed: Yes we can.

At a time when women's voices were silenced and their hopes dismissed, she lived to see them stand up and speak out and reach for the ballot. Yes we can.

When there was despair in the dust bowl and depression across the land, she saw a nation conquer fear itself with a New Deal, new jobs, a new sense of common purpose. Yes we can.

When the bombs fell on our harbor and tyranny threatened the world, she was there to witness a generation rise to greatness and a democracy was saved. Yes we can.

She was there for the buses in Montgomery, the hoses in Birmingham, a bridge in Selma, and a preacher from Atlanta who told a people that "We Shall Overcome." Yes we can.

A man touched down on the moon, a wall came down in Berlin, a world was connected by our own science and imagination.

And this year, in this election, she touched her finger to a screen, and cast her vote, because after 106 years in America, through the best of times and the darkest of hours, she knows how America can change.

Yes we can.

America, we have come so far. We have seen so much. But there is so much more to do. So tonight, let us ask ourselves -- if our children should live to see the next century; if my daughters should be so lucky to live as long as Ann Nixon Cooper, what change will they see? What progress will we have made?

This is our chance to answer that call. This is our moment.

This is our time, to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American dream and reaffirm that fundamental truth, that, out of many, we are one; that while we breathe, we hope. And where we are met with cynicism and doubts and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people: Yes, we can.

Thank you. God bless you. And may God bless the United States of America.

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※英文はcnn.comから転載しました。動画ビデオもこちらにあります。
※筆者(訳者)は翻訳の専門家ではありませんし、大した英語力もありません。誤訳がありましたらぜひご指摘ください。
※演説は日本語に直しにくい部分も多く、また無理やり一語ずつ日本語にするとせっかくの演説のリズムを壊してしまう場合も多かったので、彼のダイナミックな演説の雰囲気を優先して意訳した部分もあります。より正確には原文をあたってください。

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2008.10.28

庶民の株式投資

Kabu_2日経平均株価がバブル以降最安値を付けたそうだ。7162円90銭。

ここまで下がると、株などという俗世界からはしばらく身を引いていた私だが、今買わないと損だろ、という気になってくる。

いったい株価はどこまで下がるのだろう?  多くの企業の純資産倍率は、既に1.0を切っている。 株価収益率も10倍くらいになった。 普通に考えれば、充分に割安だ。

だが、株価は美人投票だという。自分は「美人」だと思っても、 周りが同様に思って「買い」をいれなければ、株価はあがらない。

そもそも東証の株取引の6割は外国人投資家だったそうで、 彼らが一斉に東証から逃げているので、下がって当たり前だ。 東証手じまい組はまだまだ残っているだろう。

地銀の破たんの噂もあるし、5-6年前のような信用収縮がまたおきそうな気がする。アメリカ市場の縮小と円高の ダブルパンチで、今期の日本の輸出産業の収益はかなり圧縮される。しかも 世界恐慌はこれからが本番だ。今、株を買うのはリスクが高い。

むしろ現金、しかも円をそのまま持っていることが、 一番の運用方法だったりする。なにせこの1か月で2-3割価値が 上がったのだから。

なにかいい材料はないだろうか?

世界中で金融機関に公的資金を導入したり、金融機関が自ら 資本を増強したりしている。また企業の会計の見た目をよくするために 会計基準を変更したり(まったく、ひどいもんだ)、株保有を促進したりする 政策を打ち出したりしている。

だが、株価を見る限り、今のところその効果は限定的だ。

今後、日本の株価はどういうシナリオで動いていくのだろう?

おそらく、東証の主要プレイヤーは、これまでとはがらりと変わる。 欧米の投資家や欧米銘柄が激減し、中国人投資家と中国銘柄が 存在感を増してくるだろう。

個人的には、株価はしばらくは低迷するだろうが、2年もすれば 選別された銘柄は息を吹き返すと思う。 鉄鋼とかプラントとかゼネコンとか、技術力を持った重工業系の株が面白いんじゃないかな。

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2008.07.06

東ティモール産コーヒー

Coffee 昨日もちょっとしたシンポジウムに参加してきた。地球研(総合地球環境研究所)というところ主催の、こんなやつです。
http://www.chikyu.ac.jp/archive/topics/2008/forum_080705_annai.html

この中で、東ティモールのコーヒー栽培の話があった。



東ティモールという国、覚えている人いるでしょうか?

2002年にインドネシアから独立したばかりの国で、独立前後には盛んに報道されていたけど、最近はすっかり聞かないですね。 私もすっかり忘れてました。

で、この東ティモール、独立を果たしたは良いのだけれど、 国民一人当たりの年間所得がUS400ドル未満と、 世界でも最も貧しいエリアの一つなんだそうです。

そこで、ここを地域研究のフィールドとする学者さんや NGOのメンバーは考えた。

この地は山が多く高度が高く、良質のコーヒーが育つ。以前からコーヒー豆の栽培はされていたのだが、ノウハウがなかったため、 豆そのものの品質は良くても収穫後のケアが悪く、全体としての品質は良くなかった。 そこで、彼らにノウハウを伝授し、できた良質のコーヒー豆を日本で売ってみよう。そうやって彼らの所得水準の向上をお手伝いしよう。

こうして日本に持ってこられたエルメラ・マウンテン・コーヒー
エメラルドマウンテンじゃないですよ。
このエルメラのクオリティは、ブルー・マウンテンに匹敵するのだとか。 とりあえず一袋購入してみた。値段は250gで1000円。けっこういい値段してます。 味の方はというと、香り良し、口当たりも良いと思う。十分合格点。

ま、こういうのは無理せず、細く長く付き合っていくのが良いですね。

* * *
追記  このコーヒーを飲んでみたい方は、関西圏なら阪神百貨店で、ネット通販では池田珈琲屋さんにてお買い求めいただけます。

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2007.12.24

続・プーケットのゴミ事情

Kaya

先日プーケットでもゴミの分別が始まったと書いたが、これがその証拠。プーケット国際空港内に設置されたゴミ箱だ。撮影は2007年12月21日。

「カヤピアック」と「カヤヘン」の二種類のゴミ箱がある。運営側の意図としては、土に返せる有機ゴミ(カヤピアック)と、焼却炉で燃やすゴミ(カヤヘン)に分けて収集することで、少しでもゴミを減らしたいのだろう。

ところが、中に入っているゴミは見ての通り。ぜんぜん分別になっていない。そもそも英語の「WET」と「DRY」って何だ? 濡れたゴミと乾いたゴミをなぜ分けるんだ? 飲み残しのジュースパックは水分があるからWETかな、でも燃えるからDRYかな??? またタイ人が意味不明な英語を使ってるな、そう思った。

ところがこれは私の無知だった。英語の「WET GARBAGE」には、台所やお風呂場から出た濡れたゴミ→有機ゴミという意味がどうもあるらしい。「DRY GARBAGE」は紙くずなどの意味。新しい用例みたいだ。「BIODEGRADABLE」と「BURNABLE」と書いてくれればわかりやすいのだが。おそらくタイ語の「カヤピアック」(濡れたゴミ)、「カヤヘン」(乾いたゴミ)も、この直訳だろう。

この用語が一般にどれだけ理解されているかは、ゴミ箱の中身を見れば一目瞭然だろう。それにこの分別、ペットボトルや缶はどうすればいいんだろう? 

また、どのタイ人に聞いてもゴミの分別などしたことがないし、しているのも見たことがないという。インフラ面でも認識面でもまだまだなのが現実だ。

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2007.12.15

プーケットのゴミ事情

Incine01

プーケットではゴミの分別がない。食べ残し、紙くず、発砲スチロール、空き瓶、缶、電池など、なんでも一緒に捨てる。アパートの前の大きなゴミ箱に入れておくと、パトンエリアでは一日二回ゴミ収集車が集めに来る。紙くずもビール瓶も分類せず捨てることに、最初の頃はえらく罪悪感を覚えたものだ。もう慣れてしまったが。

さて、いったい集められたこのゴミは、この後どう処理されているんだろう? 今日、大学の環境の授業でゴミ処理場見学に行き、長年の疑問が晴れた。

向かった先はプーケットタウンの南側、海沿いの埋立地サパンヒン。大きな競技場や陸軍の訓練所があるエリアだ。それらと川を挟んで、ゴミ処理場と下水処理場が隣り合って並んでいた。ゴミ処理場の敷地は43000平方メートル。

Incineration_system02 ゴミ処理場と一言でいっても何をするところか分かりにくいが、端的にいうと、巨大な焼却炉だ。これに付随して、運んできたゴミを一時的に置いておくエリアがあったり、有機ゴミを土に帰すエリアがあったり、焼却時に出る有害な気体を回収する設備があったり、煙突があったり、燃やす時に出る熱を利用する蒸気発電設備があったりする。サパンヒンのゴミ処理場にもこれらの全てがあった(ただし有機ゴミエリアは土地が足りず一時停止中)。

さて、ゴミ収集車で集められた私のゴミは、ここに来る前にまず分別を専門に行う民間業者のところに運ばれ、ビン、缶などを分別するのだそうだ。そこには行かなかったので詳細わからないので、とりあえずは想像するしかないのだが、ベルトコンベアくらいの簡単な設備で、あとは人力に頼って分別していると思われる。分別後のビンはREUSEはされず、粉砕してガラスリサイクルだろう。缶もまたしかり。

サパンヒンのゴミ処理場に運ばれてくるのは、残りの生ゴミ、燃えるゴミ、プラスチックゴミなどだ。これらは一区画に集められ、青空の下順番を待って、焼却されていく。まだ20代前半と思われる女の子が超巨大なUFOキャッチャーのようなクレーンを操作して、ゴミを次々と焼却炉に入れていた。

Central_control_room01 ゴミの焼却というと気になるのはダイオキシンだ。プラスチック類を低温で燃やしてしまうと猛毒ダイオキシンが発生するという。が、ここの焼却炉は900度の高温で燃やせるので、その心配はない。やるじゃん、と感心していたら、実はこのプラント一式は日本の三菱重工業(&マーチン社)製だった。日本のODAはこんなところにも来ていた。焼却時の熱は発電に使われ、この施設の電気を全てまかなっている。焼却後の灰は道路や埋め立てに使われる。

うまく回っているように見えたのだが、問題も多い。まずは生ゴミなどの有機ゴミだ。これらは燃やすよりも、土に返して自然分解させた方が効率的だが、分別は進んでいないし、埋める土地が不足している。
(※分別に関しては、空港や観光地の一部などで始まってはいる。「カヤ・ピアック」というのがそれで、直訳すると「濡れたゴミ」だが、これは有機ゴミを意味し、カヤ・ピアック専用ゴミ箱というのを空港などで見たことはある。)

次に、このゴミ処理場で処理できる量は、24時間運用で一日250トンなのだが、現在ここに集まってきているのは一日500トンだ。だから残りはというと、青空の下に積み上げられていく。新しい処理場ができるまでは、薬品をかける程度で、放置されるのだそうだ。だが新処理場を作る予算はない。当面はゴミの絶対量を減らす努力をするしかないのだが、プーケットの人口は増え続けている。

ゴミ問題をクリアできた時に、プーケットは本当の意味でリゾート地になる。

[参考] プーケットのゴミ処理施設
http://www.phuketcity.go.th/html/incinerator/pm_inc00_e.html#Mitsu

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2007.12.02

アル・ゴア『不都合な真実』を見る

Algoreinconvinienttruth タイの大学で環境管理という授業を取っている。先週の題材はアル・ゴアの『不都合な真実』。このDVDを2時間かけて見た。

この授業の講師は実にまだ27才。チュラ大を卒業し、カセサート大学院で森林学を専攻し、今年職を得たばかりの新人だ。とても頑張り屋で授業の質が高くて気に入っている。何よりも題材が新しいのが、企業人時代(1999-2004)の空白期間-忙しくて仕事以外にあまり目を向けられなかった-を埋めたい私にぴったりである。

さて内容だが、地球温暖化に関するゴア氏の講演をほぼそのまま収録した形になっていた。ゴア氏は地球温暖化の事実と、それがもたらしている環境への影響を、豊富なデータと映像を使って一つ一つ列挙して、このままではやばい、と警鐘を鳴らす。

1990年と現在との同地点の写真を並べて見ると、世界の氷河や南極の氷が消えているのがよくわかる。この10年で世界中で台風やハリケーンが急増していたデータも驚きだ。データの補足として、地球史や地球のメカニズムなども簡単に説明してくれるので、説得力がある。Algore

そして、CO2の排出規制に大反対しているアメリカの 自動車業界を、アメ車はもはや日本やヨーロッパはもちろん、中国での排出規制にもひっかかり、中国市場でも売れない、と非難し、最後はアメリカ人らしく、我々はやればできる、この問題にも対処できる、締めくくっていた。

真新しい情報は少ないのだが、情報量は多く、よく整理されているし、さすがはアメリカの元副大統領のプレゼンだけあって、写真や映像は素晴らしい。特に教育用教材として秀逸だと思う。私も約2時間の間、集中力を切らすこともなくずっと見入ってしまった。このような講演を世界中で1000回以上もこなしているという同氏の精力的な活動には頭が下がる。

同氏はその後ノーベル平和賞も受賞した。もう時代はここまで切羽詰っている。あらゆる企業の製品と事業、あらゆる人のライフスタイル、あらゆる国の行政が全て、Is it ecologically sustainable or not? 、つまり、その行動が地球に与える負荷が、本来地球が持っている循環作用・自浄作用の範囲内で地球が処理できる負荷量であるかどうかという基準でフィルタリングされなければならない時代になった。

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2007.08.19

タイ新憲法草案の国民投票

3004561601 実は本日はタイの新憲法草案の国民投票日。 昨年9月のクーデターの後、暫定政権がすったもんだ しながら作り上げた新憲法草案だ。

一般に日本人は、タイの民主主義は日本より遥か遅れていると思っている。それは事実なのだが、 日本でも憲法を国民の信任投票にかけたことはないので、この点は一歩先を越されたわけだ。

さて肝心の内容だが、本格的なものはタイ語の資料しか見つからず、タイ語を解さない私はあんまりフォローできていないのだが、日英のニュースサイトによると、以下のような内容らしい。原文を見ていないので真偽は保証しないし、これで重要事項が網羅されているわけでもないだろうが、参考まで。

(1) 国王を元首とする民主主義制をとる。
(2) 上院定数を150とし、うち76を全76県から1人ずつ選挙で選出。74を各界から任命する。
(3) 下院定数を480とし、400を中選挙区で選出、80を比例選出とする。
(4) 首相は下院から選出し、首相のほか35人以下の閣僚で内閣を構成。首相の連続任期は最長8年に制限。下院議員の5分の1以上の連名で首相不信任案を提出できる。
(5) 軍部が制定した暫定憲法に基づく法規を合憲とする。 3004561502
(6) 国家の独立を保持するため、国軍に現代的、かつ十分な武器、装備、技術を供給する。
(7) 国民の大半が信仰する仏教をはじめ、すべての宗教を保護する。
(8) 国民は等しく12年以上の基礎教育を無償で受ける権利を有する。
(9) 共同体を構成する人々は、地域および国の習慣、伝統、知恵、芸術、文化を保護、復旧し、また、
持続可能でバランスの取れた方法によって自然環境と自然資源を管理、保全、利用するのに参加する権利を享受する。
(10) すべての国民は法の下に平等であり、女性、男性、その他の性的アイデンティティを持つ者は、等しく権利を享受する。

タクシンの「独裁」を許した反省から、(3)小選挙区制を中選挙区制に変更し、巨大与党の出現を抑制し、(4)首相の任期を8年に制限するとともに、首相不信任決議案の提出の要件を緩和しています。

3004561203 (5)は経過措置的な規定ながら議論の多いところ。
(6)は「現代的な」「十分な」「技術」という単語が1997年憲法の条文に追加された。軍事予算の増加につながる、と議論の多いところ。
(7)は、仏教を国教として明記するよう、仏教団体から強力なプッシュがあったものの、結局こういう形で落ち着いた。
(8)は1997年憲法から変わらず。日本より長い。
(9)は前段で文化と伝統の保護・復旧をうたい、後段で環境権やその意思決定に参加する権利をうたっている。これは日本の憲法にはない。
(10)はトランスジェンダーの多いタイならではの規定。憲法に書いちゃうところが素晴らしい。


【参考】
http://www.toonippo.co.jp/news_kyo/news/20070706010005981.asp
http://www.nationmultimedia.com/search/page.news.php?clid=5&id=30039514

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2007.03.30

日泰自由貿易協定って何?

WTO

現地バンコクポスト紙によると、日泰自由貿易協定(Japan-Thailand Free Trade Agreement)がタイの閣議で承認され、来週にも締結される見通しだそうです。日本の新聞では全然報道しないけど。

2006年の日泰間の貿易額は 1兆6千5百億バーツ(約5.5兆円)で、うち約1/3がタイから日本への輸出。この条約の締結によりタイ側としては輸出額の25%増を見込んでいるらしい。

タイ側からすると、農産物(海老、野菜、果実、冷凍鶏、蒸鶏、イカ、調理魚等)やペットフードなどの輸出が促進されるという。関税がゼロになるからだ。繊維、衣類、革製品、靴、宝石・アクセサリーなども恩恵があるという。なお米は対象外で、引き続き関税の対象だ。

一方日本側からすると、鉄鋼や自動車部品の輸出が促進される。また、りんご、桃、梨、プルーン、イチゴ、メロンなど果物類の輸出も恩恵を受ける。南国タイに果物を輸出というと意外な感じがするが、寒冷地で育つ果物はこちらでは比較的高価で売られている。

ところで新聞を賑わせているのは、この協定に対する反対運動の記事だ。学識者やNGOなどが、ここのところ毎日のように集会を開いたりデモを行ったりしている。

彼らによると、船のスクラップ(鉄鋼)や自動車部品と一緒に、日本からタイへ産業廃棄物の輸出が促進される懸念があるのだそうだ。この点については、交渉過程において「輸出しません」という覚書が一枚追加された模様。それでも反対派は不完全だとしている。

また、この協定にはバイオ農産物の特許権の項目もあるらしく、これがタイの国益を害するという意見もある。

さらに、タイの最大の輸出農産物は米だけに、米が対象外とされていることについても不満が大きい。

そんでもって、クーデター後の暫定内閣は、こんな重要な条約を署名するにはふさわしくないとして、新憲法発布後の新内閣まで締結の延期を求めている。

【参照】
http://www.bilaterals.org/rubrique.php3?id_rubrique=115

日本でこの問題に触れている記事はほぼ皆無なのだが、21世紀政策研究所(経団連のシンクタンク)のHPで田中直毅さんが2003年にコメントしていた。曰く、中国とASEAN諸国の間に自由貿易協定が結ばれる前に日本はASEANとの締結を急がなくてはならない、農水省の反対があるようだが(国内の農業保護のため)、日本国全体として価値判断して推進すべき、との論調。

http://www.21ppi.org/japanese/hitokoto/tanaka120.html

門外漢なので私のコメントは控えます。

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