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2009年1月の記事

2009.01.19

タイが寒かったらしい

一週間ほど前になるが、タイが寒かったらしい。次のニュースはちょっと意外だった。

【タイ】タイ気象局は12日、中国から南下した高気圧の影響で、15日まで気温が下がるという予報を発表した。予想最低気温は北部、東北部の山間部で2―7度、平野部で7―14度、バンコクなど中部で13―16度。

 タイは10―12日にかけて全国的に気温が低下し、東北の山間部などで軒並み記録的な寒さとなった。カラシン県では11日朝に4度を記録。ルーイ県のプークラドゥン国立公園では氷点下近くまで気温が下がり、観光客が霜に覆われた景色を楽しむ姿がみられた。

 12日朝には中部ロッブリ県で41歳の、サラブリ県で28歳のタイ人男性が自宅で就寝中に死亡し、寒さが原因とみられている。
(Source: Newsclip.be)

そこで、寒さがMAXだったと思われる1/11の気圧配置図を入手してみた。

Programs_uploads_maps_20090111_to_2

シベリアに1050hPaという強力な高気圧がある。さらに中国東部にも1030hPaの高気圧があって、これらのおかげでタイ北部も1020hPaの等圧線にかかっている。今回の寒さの正体はこの高気圧だ。ちなみに前年の同じ日の気圧配置図は下の通り。

Programs_uploads_maps_20080111_topc

所詮素人なので確かなことは言えないが、ざっと数年分を眺めた限りでは、今年のようにインドシナ半島にまで高気圧がかかるのは珍しいと思われる。

さて、この寒かった日、日中はどうだったんだろうと思って調べた見たところ、一番寒さが厳しかったタイ東北部でも、昼の気温は23-24度を記録していた。寒いとは言っても、こういう地域だ。

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2009.01.16

京都で大地震が起こる確率は

E03_16_17 1995年1月17日の阪神・淡路大震災から14年。当時私は大学生で京都にいて、早朝の大きな揺れにベッドから飛び起きた。京都は震度5だったと思う。本棚の下から三段目に置いてあった14型のブラウン管カラーテレビが床に落ちて壊れた以外はとくに被害はなかったが、それなりに重いテレビが落ちたのには驚いた。


その二週間後、地震の被害をこの目で確かめるため神戸まで行ってみた。阪急電車は西宮までしか動いていなかったので、西宮駅前でレンタサイE03_20_07クルを借りて、三ノ宮まで走った。二週間後ということで街は平静を取り戻してはいたものの、国道ではガレキを運ぶ大型トラックがひっきりなしに走りまわっていた。十階建てビルの四階部分だけがくしゃっとつぶれたオフィスビルは、まだそのままになっていた。倒壊した家屋のガレキ除去を終え、すでに更地になっていた一戸建ての敷地がたくさんあった。幸運にも全壊を免れた戸建の破損部分は青いビニールシートで応急措置がしてあった。交差点の角ではボランティアが汁物の炊き出しをやっていた。この地震はたくさんの生命を奪い、たくさんの人の人生を変えた。


そして昨年から再び京都に住むようになってから、当時の神戸の風景が頭をよぎり、やっぱり気になるのだ。京都に大地震は来るのだろうか? 来るとしたらいつなんだ?


Jishin この点、つい先日まで住んでいたタイ王国は、全くといっていいほど地震がないのである(左図)。タイからちょっと南に行ったところにあるインドネシアは地震大国だというのに不思議なもんだ。なぜタイには地震がなくて、日本やインドネシアには多いのか。それは、日本やインドネシアが、プレートがプレートの下に潜りこむ位置にある土地だからだと言われている。


まあそんなことを嘆いても仕方がないので話を京都に戻すが、実は京都では1596年(慶長元年)に大地震が起きている。時は太閤秀吉の時代。秀吉は関白職を秀次に譲って、自らは洛中を出て伏見に城を築いて住んでいたのだが、その伏見城の天守閣が慶長の大地震で全壊している。被害は伏見だけにとどまらず、方広寺(東山)にあった日本最大の大仏(高さが18-19mあったらしい)もこの地震で倒壊した。東寺(洛南)も大被害を被った。地震報告書の類が残されていないので断片的な記述の寄せ集めになってしまうのだが、大地震であったことは間違いない。一説にはマグニチュード7.5とも言われている。


地震には周期があるので、慶長の大地震の震源や動いた断層がはっかりわかれば次の時期も推定できようものだが、あいにくこれまでの研究でははっきりしたことは言えないようだ(※有馬高槻構造線との説が有力)。ただ、京都の活断層は活動期に入っている各所で言われている。

とすると気になるのはその時期と規模だ。まあ完全に予知できるものではないと断った上で、これまで見聞きした情報を並べてみよう。

京都周辺の過去の大地震



・防災科学技術研究所が運営している地震ハザードステーションによると、京都府南部で30年以内に震度6弱以上の地震に見舞われる確率は26%を超えている。

・ホームページ、地震・防災「あなたとあなたの家族を守るために」によると、京都府城陽市南部から奈良県桜井市にかけて南北に位置する奈良盆地東縁断層帯で30年以内にマグニチュード7.4程度の大地震が発生する確率は0%-5%

・先日お話を聞いた耐震診断士(建築家)によると、京都に震度7強クラスの地震が来る恐れはしばらくないが、琵琶湖西岸断層、大阪の上町断層、和歌山の紀ノ川周辺ではいつ起こってもおかしくなく、その結果京都も震度7弱の地震となる恐れがあるという(※規模についてはやや脅かされたのだと思う。)


とりあえず明日、避難セット一式を買いに行こうと思う。

※トップの2枚の画像は神戸市の「災害と震災 資料館」様より、「京都周辺の過去の大地震」の画像は京都市消防局様よりいただきました。

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2009.01.05

昭和の面影

Showa

「第一軍道」と「師団街道」の交差点の道路標識。そのレトロな響きと軍事国家色に、一瞬ここは違う国?と錯覚してしまう。平和な世の中で良かった。
(京都市伏見区、龍谷大学深草キャンパス前)

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2009.01.02

煩悩退散!

Joya明けましておめでとうございます。

ここ数年、年末年始はタイかマレーシアで過ごすことが多かったので、久々の日本のお正月です。しかも京都では初のお正月。日本らしさ、京都らしさに大いに期待しているところです。

そんな中、昨晩は思いがけず除夜の鐘をつくことができた。

氷点下近い気温の中、凍えながら歩いて初詣に向かっていたところ、 通りがかったお寺で焚き火をしているのが見えて暖を取りに行った。そうするとちょうどお坊さんが2人出てきて、鐘の前でお経を読み始めた。 冷え切って澄んだ空間におごそかな美声が心地よく、聞き惚れていた。

「では、こちらに並んでください」

えっ、俺が鐘ついていいの?? 

前から6番目くらいに並んだ。 見よう見まねで、まず鐘と横にいるお坊さんに一礼し、 両足を肩幅ほどに前後に開いて、構えて振りかぶった。

「せーの!(心の中の声)」

ところが鐘突き棒は思ったより軽く、すごい勢いで持ちあがってしまった。 このまま降ろしてきたら轟音になってしまう。 あわてて止めようとしたが、さじ加減が難しいもんで、今度はスピードが弱くなりすぎてしまったが時すでに遅し。

「コーーン」

ちょっと控え目な6番目の除夜の鐘の音になった。

つき終わると、お坊さんが近くの段ボールからみかんを取り出してくれた。 どうも、みかんの数で108を数えているようだ。なるほど。

Gokogu こうして自分の手で煩悩も退散させることができて、 すがすがしい気分で御香宮神社へ初詣。 30分ほど列に並んで参拝を済ませた。貼るカイロ君を持って来ておいてよかった。

初詣とくれば当然おみくじ。さっき鐘をついたばかりの神聖なこの手は、今度は大吉goodを引き当てた。 うん、いい一年になりそうだ。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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