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2008年6月の記事

2008.06.29

田植えデビュー

Ta 本日、田植えデビューしてきた。
泥沼のような水田に素足で入り、苗を30cm間隔くらいで手植えした。 水田の中には蛙になりかけのオタマジャクシやら、タニシやらザリガニやらが たくさん。最初は何やら臭う濁った泥沼に「マジでここ?」とひるんだが、 やってみると水は冷たくて気持ちよく、アメンボを追っかけたりするのも 純粋に楽しかったかも。

今回は、「自給農法」を提唱している糸川氏とそのお弟子さんの杉原氏にお世話になった。 普通は田植えというのは5月のゴールデンウィーク頃の 風景だという。6月末に田植えとはのんきなもんだが、これには理由がある。

このお米、完全無農薬なのだ。
さらに、肥料も一切やらない、完全有機栽培だ。
そして機械は一切使わない、完全手作業。

そんなことができるのか、と半信半疑だったが、米という生物が本来が持つ強さを最大限に生かし、土づくりにとことん こだわれば、稲は十分に育つのだという。世界中で主食として食されている作物は、本来は手がかからない作物がほとんどらしい。

それに、換金作物として米をつくる場合は、時期や量がプライオリティ になるが、自分で食べるためにつくるのだから、味や安全性がプラオリティ になる。目的が違えば、手段が違うのは当たり前だ、と教わった。

たとえば、普通冬の間は田んぼは水を抜いてカラカラにしておくもんだが、 有機農法→自然の栄養分が必要→稲にとっての栄養分とは自然の生物が 住める環境・・・という発想で、冬の間でも田に水を張って動植物を 遊ばせておくので、まるで沼地のようになっている。これが最良の土になる。

6月末に田植えをする理由はこうだ。
米は本来熱帯の植物なので、暑さを好む。それなのに、なぜ日本で一般に5月頭に田植えをするのかというと、 兼業農家が増えたので働き手が帰省できるゴールデンウィークでないと田植えができないとか、早く作って早く新米を出荷した方が 良い金になる、とかという事情があるのだそうだ。 それでまだ寒いうちに苗を植えるが、寒いから稲が病気になりやすい。 だから農薬を使う。

Ta2 その点糸川式では、農薬を使いたくないので、苗が十分に育つ6月まで待つ。人間とおんなじで、そこそこ大きくなれば苗も病気に かかりにくくなるので農薬がいらない。

雑草対策としても6月末の田植えは有効だ。 糸川式では、暖かくなって雑草が生えてきた出鼻に代掻き(土を掘り起こす) をして、雑草に壊滅的な打撃を与えてから、苗を植える。だから雑草が生えにくい。5月の田植えでは、その後暖かくなるにつれて雑草と稲が一緒に生育してくるので、雑草だけを抜くのが大変だとか。 だから除草剤を使いがちだ。

収穫時期も、換金作物としては、早く刈って早く新米として売る方が 儲かるので、さっさと刈って、ドライヤーで乾かすことになる。 しかし糸川式では、米の糖度を高めるために、いつまでも田でじっくり寝かせ、 刈り取った後の米は一か月くらいかけて天日に干す。こうして出来た米は、抜群に美味いのだとか。

とこのように、近所の農家のオヤジに 「これは道楽やね」と言われるような、芸術的な農法なのだそうだ。

農業も奥が深くて楽しい。 詳しくは、「自給農法研究会」のHPをご覧ください。米だけでなく、野菜を有機無農薬で作る自給農法も詳しく書かれています。


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2008.06.27

日本の森をなんとかしよう

Kumamori 近くで講演会があったので、聞きに行ってみた。

実は私はかなりの講演会・シンポジウムマニアで、学生時代からいろんな所に出没している。その縁で他大のゼミに参加させてもらったり、 社会運動家のカバン持ちで自民党の総務会長に直談判に行ったり、刑事裁判の陪審員をしたり(法的拘束力なし)、といろいろと貴重な経験をさせてもらってきた。一流の人間の話を聞くのは、いつだって楽しいもんだ。今の学生たちにもぜひお勧めしたい。

さて、今回の講演会は題して、「クマたちが棲む豊かな森を次世代へ」 。 日本熊森協会の会長の森山まり子さんのお話だった。そして、涙が出るほど感動してしまった。

この団体は、

「絶滅寸前のクマを殺すな。クマや他の動植物のために、奥山は彼らに残し、里山は人間用にと森を棲み分けよう」

「ブナやミズナラなど広葉樹に囲まれ、光がさして明るく、 水源に富み、多様な生物のすみかとなっていた日本の奥山を取り戻そう」

「スギやヒノキの森は民家に近いエリア(里山)において、その割合は山全体の3割に抑えよう」

というような活動をしている、

自然環境保護については行政は後手後手で頼りにならない。 学者も黙って見てるだけ。だったら自分らで動こう。 兵庫県の中学生たちが始めたそんな運動が、今では3600人の団体になった。

Meitotoro 私達の祖先が愛情をもってはぐくんで来た森。 そこにはクマがいる、シカがいる、サルがいる、たぬきがいる、うさぎがいる。 ブナやミズナラを中心とした広葉樹でできた森には陽の光があふれ、 草が生え花が咲き、鳥や昆虫がたくさんいる。豊富に水を蓄えた土は たくさんの命をはぐくみ、そんな森からしみだしてきた地下水は 清流となり、あるいは井戸水の原水となる。 日本むかし話に出てくる日本の原風景やトトロの森は、こういう森だ。

だが今の日本の森はどうだろう?
どこを見ても、コーン型をした深緑の木だけ。スギ・ヒノキだらけだ。これらはほとんどが戦後、材木用にもともとの森を切って、植林されたものだ。 スギやヒノキは針葉樹で冬でも葉が落ちず、日の光がまったく 入らないので森の中はいつでも暗い。根も短く保水力がないので、 雨はすぐ流れ出してしまう。こんな地には動植物は住めず、 どんどん種が絶滅していく。クマもサルも森にエサがないから、仕方なく人里に出てきて、畑の野菜を食べたりして害獣扱いされ射殺される。

しかもそのスギ・ヒノキも需要が減り、枝打ちもしない放置林だらけとなってしまい花粉症の主因になっている。 森に保水力がなくなったから、洪水もがけ崩れも増える一方だし、都会の人が飲む水もまずくなる一方だ。

彼らは、ただの中学生と理科の先生だった。
しかし、クマの住める森を残そう、という情熱を持って活動し、 ある時は知事を動かし、ある時は天皇陛下を動かし、 ある時は農家や猟銃会とひざを突き合わせ、ある時は 金を集めて山を買い、少しずつ森を残してきた。

それでも、多勢に無勢。森は荒廃し、種は減る一方だ。とまあ、こういう話を聞かせていただいた。

この森の問題、水の問題は、私にとってはどういう問題なんだろう? 変に正義感にかられたとき、私はいつも自問自答することにしている。

まず私にとって無関係ではない。飲み水の安全性の問題、花粉症の問題、土砂災害の危険という問題は、自分の生活そのものだ。

それと同時に、これはポストモダンの文明論の問題ともいえる。 21世紀型の人間のライフスタイルの問題だ。

そして何よりも、日本の原風景は、日本人の誇りそのもの、私の 日本人としてのアイデンティティの問題だと思った。

なんとかしなくちゃいけない。そう思った。さて、何をしよう。

◆日本熊森協会
http://homepage2.nifty.com/kumamori/

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