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2007年10月の記事

2007.10.09

腕時計のTACHYMETER(タキミーター)って何?

Tachy 何気なく使っている腕時計。よくよく見ると文字盤の外側にTACHYMETERと書いてあり、大きな円を描くように360-60までの数字が並んでいる。一体コイツは何に使うんだ?

一言でいうと、TACHYMETER(タキミーター、タキメーターと読む)はストップウォッチと連動させた時速表示板だった。使い方は、ストップウォッチをスタートさせ、車や自転車が1キロ、1マイルなど1単位の距離を走ったところでストップウォッチを止める。このとき、ストップウォッチの秒針が指している場所に表示されている数字が時速だ。

時速というのは言うまでもなく距離/時間だ。例えば1kmを40秒で走った場合の時速の求め方は、1km/40秒で出した秒速(0.025km/s)に、3600を掛けた数字になる。こうして算出した時速は90km/hだ。

Tachy2 ここでもう一度時計の外側の文字盤を見ると、ストップウォッチが指している40秒のところに90と書いてあるのがわかる。ようするにこの文字盤は、1単位÷所要秒数でわかる秒速(単位/s)に3600をかけて時速(単位/h)にした数値が書かれているのだ。自分でいちいち計算しなくて良いのが便利だ。

なおTACHYMETERは英語だが、これはギリシャ語源で「素早い」を意味する「TACHY」と、計測器の「METER」を組み合わせた単語だ。なお自動車にはTACHOMETERというのがついているが、これはエンジンの回転速度計であり、似て非なるもの。では自動車についている時速計の名前はというと、ODOMETERという。ODOは「道、動く」などを意味するギリシャ語源だ。

なるほど、TACHYMETERはなかなか便利だ。だが自動車にはODOMETERがついているので必要ない。これを使う機会があるのは、サイクリングの時くらいか。しかも距離表示があるところでの。うーん、あんまり使う機会はないかもしれない。

[※参照]
http://en.wikipedia.org/wiki/Tacheometer
http://drbilllong.com/GrLaRoots/Tachy.html

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2007.10.07

木の年輪から遺跡の年代を測定する方法

Nenrin 昨日、発掘物や化石などの年代を測定する方法として放射性炭素(C14)を使った年代測定法を紹介したが、もっと地味ながらも1年単位で年代を測定する方法がある。年輪年代測定法がそれだ。

年輪測定法は、平たく言うと、何千年、何万年の木の年輪の成長パターンをデータ化してしまい、発掘物の年輪とこのデータを照会して年代を測定する方法だ。

Nenrin1 一年のうち寒暖の差が大きい地域に育つ木には、明瞭な年輪ができる。年輪は成長の記録なので、環境要因(日照時間、気温、降雨量等)に左右され、一年ごとに成長の幅が違う。同じ種、同じ地域で育ったたくさんのサンプルの年輪幅を0.01mm程度の精度で計測して成長パターンを得て、この成長パターンを順々につなげていくことで、数千年の成長パターンが得られる。このデータと、発掘物の年輪を照らし合わせるわけだ。

現在日本ではスギやヒノキの3000年分のデータがあり、アメリカのカリフォルニア州ホワイトマウンテンのブリストルコーン松については約8500年前まで、ドイツのマイン川・ライン川流域のリバーオークについては約10000年前まで遡れるデータがあるという。

実に地味な手法だが、精度は非常に優秀で、どうしても数十年から数百年の誤差が出てしまう炭素年代測定法と違って、一年一年の暦年まで判別できるため、考古学の現場では炭素年代測定法を補完する手法として、さらには炭素年代測定法の前提となる大気に含まれる炭素14量を年単位で探り同方法の精度を高める材料として大活躍しているらしい。

さらに、この年輪データを使って古代の気候を探る年輪気候学という分野も生まれている。地味ながらすごいのだ。

[※参考]
http://dendro.naruto-u.ac.jp/~yn/dendro/opening_j.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/年輪年代学/
http://ksgeo.kj.yamagata-u.ac.jp/~kazsan/class/chronology/dendrochronology.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Dendrochronology

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2007.10.06

歴史の「事実」と文献史学と考古学 

Heijo 「ナント見事な平城京」「イイクニツクロウ鎌倉幕府」。こうして私も日本の歴史を教わってきたが、教科書の著者とてこれらの歴史的事実を見てきたわけではない。じゃあなぜこれらが事実だと断言できるのだろう?

こうした歴史的事実の認定は、主として文献によっている。こうした文献を中心に歴史的事実を探る学問を文献史学という。もちろん教科書に載るまでには、さまざまな角度から検証が加えられ、一定レベルの確度は確保されているのだろう。

文献史学の弱点は、文献が少ない時代や、そもそも文字がなかった時代の歴史の事実認定には限界があることだ。たとえば日本の古代史もそうで、古事記、日本書紀、あるいは魏志倭人伝などによるわけだが、時の権力者が自分に都合のいいように歴史を書き換えたり、他の歴史書を焼却したりするのはよくあることだ。

こうした空白を埋めるのは、古代史レベルなら考古学の役目だ。さらに古い時代のことなら、地質学、生物学、気候学、天文学などが活躍する。

さてその考古学は、遺跡や歴史的建造物を切り口に当時の人間生活を探っていくわけだが、たとえば遺跡を発掘したとして、その遺跡が建造された年代をどうやって調べるのだろうか? 年代測定にはいくつかの方法があるが、その中でももっともメジャーなものの中の一つが、炭素年代測定法だ。

Tanso14私なりに理解したところでは、炭素年代測定法は、通常の空気中の 炭素14の濃度と、発掘物に含まれる炭素14の濃度の差を利用する。炭素14というのは半減期が約5730年の放射性物質で、普通に空気中に存在し、光合成をしている植物にも、その食物連鎖の上位にある動物の体内にも同濃度で含まれている。半減期というのは、放射性物質が崩壊して濃度が半分になるのにかかる時間のことだ。生物は生きている間は常に大気からの供給を受けているため、概ね大気に含まれるのと同じ濃度の炭素14を有しているが、死ぬと新たな供給がなくなるため、炭素14は崩壊する一方で、濃度はどんどん薄くなっていく。そこで、発掘物に含まれる炭素14の濃度を調べれば、何年前に炭素14の供給が止まったのか、すなわち、植物ならいつ光合成を止めたのかがわかるわけである。

Yayoijar 例えば土器は土(粘土)から作るわけだが、土には枯れ草や種子も含まれるため、それらに含まれる炭素14の濃度を調べることで、それらの製作年がわかるわけだ。木像の仏像などの年代測定も同じだが、もっとも仏像の製作に枯れ木を利用した可能性もある点には注意しなくてはいけない。例えば弥生時代の開始時期のように、この手法を使って検証した結果、それまでの通説が変更を迫られる場合も少なくない。

歴史上の人間の生活の解明という非常に文系的な学問課題に対し、放射線物質の測定という非常に理系的な手法を使ってアプローチしている点が面白い。

話を歴史の教科書に戻すと、教科書においては、歴史の「事実」は教えても、何を根拠にその事実を認定したかという点についてはほとんど触れられない。しかしながら、歴史の「事実」は新しい資料の発見により大きく変更を迫られることもあるわけだ。ただの「事実」の暗記ではなく、論理的思考力を鍛えるという意味でも、少なくても高校レベルの歴史の教科書には事実認定の根拠を明記して欲しいと思う。

[※参考]
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2006/12/post_880d.html http://www.kutl.kyushu-u.ac.jp/SubGroups/AMS/ http://wiredvision.jp/archives/200503/2005030808.html

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2007.10.05

タマゴが先かニワトリが先か

Gorgai_2タマゴが先か、ニワトリが先か。ニワトリはタマゴから生まれるものだからタマゴが先なようだが、そのタマゴを産んだのはニワトリなわけで・・・。世界を悩ませるこの難題に対し、タイ人は明確に「ニワトリが先!」と答える。

理由は、タイの五十音順にある。タイの五十音の最初の音が「ゴー・ガイ」(直訳すると「ニワトリのゴー」)で、二つ目の音が「コー・カイ」(直訳すると「タマゴのコー」)なのだ。そして昔の偉い人がこう決めたのには、理由があるはずだ、という。

じゃあその理由は?と聞くと答えられないのだが・・・。

ちなみにこの問題に対し、遺伝学者はタマゴが先だという。理由は、生物は生きている間、その遺伝子は変わらないから、生きている別の鳥が急にニワトリになることはない。ニワトリとなるべく遺伝子がタマゴの胚の中にあったと考えるべき、というものだ。

あなたはどっちの答えが好きですか?

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2007.10.02

ランカウイ島写真集

Mangrove

昨年の年末年始はマレーシアのランカウイ島で過ごした。ペナン島からフェリーで約2時間半。近年リゾート地として開発が進むランカウイだが、繁華街といっても店が数十件並んでいる程度で、まだまだ手付かずの自然が残っている。さあ、そろそろ今年の年末年始の予定を立てないと。

Mangrove2

↑豊かな生態系をはぐぐむマングローブ林。

Langkawi

↑離島のビーチ。

Monkeyl

↑観光客慣れしたサル。たぶんカニクイザル。

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2007.10.01

マレー語を表記する3種の文字

Kedaiマレーシアに行ったことがある人は、左のようなローマ字で書かれた看板を目にしたことがあるだろう。現在マレー語はローマン・アルファベット26文字で表記される。ところがマレー語(およびインドネシア語)をローマ字で表記するようになったのは実はわりと最近で、19世紀後半に始まるイギリス植民地時代からだ。それまでは、ジャウィ文字という、アラビア文字の一種を使っていた(下の写真)。



Jawiジャヴィ文字は、マレーやインドネシアの地にイスラムが普及した14世紀頃から使われた。14世紀末にマラッカに建国されたマラッカ王国は、イスラム商人との貿易の促進のため、国王がイスラム教に改宗したり、イスラム国宣言したりしている。こうしてアラビア文字(ジャウィ文字)が使われるようになり、これは約500年続く。

Palembangではイスラムが来る前はというと、インド系の文字を使っていたようだ。当時のマレーとインドネシアはシュリヴィジャヤ王国の版図であったが、インドネシアのパレンバンに残るシュウリヴィジャヤ王国建国を示す7世紀の石碑が、パラッヴァ文字で書かれている(左の写真)。パラッヴァ文字というのは、南方ブラーフミー文字の一つで、現在のヒンディー語表記などに使われるデーヴァナーガリー文字の親戚だ。

同じ言語を表記するのに大きく体系が違う3つの文字の歴史を持つ、特異な歴史だと思う。

[※参考]
ジャウィ文字 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%A3%E6%96%87%E5%AD%97

ブラーフミー文字http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%9F%E3%83%BC%E7%B3%BB%E6%96%87%E5%AD%97

#ジャウィ文字の写真はこちらのサイトからいただきました。

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