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2006年3月の記事

2006.03.31

出稼ぎタイ人の生活

プーケットはタイ人にとっては出稼ぎの地だ。
その中でもバトンビーチ地域は、観光、語学、宿泊などの外国人関係の産業が豊富にあるため、仕事を求め
タイ中から人が集まってくる。中でも、タイ南部と東北部(イーサン)からの人が多い。

ゲストハウスで働いている女の子のNちゃんは22才。 イーサン出身で、高校卒業後プーケットへ来て3年目。
住み込みで一日10時間以上働いて、月給は1万バーツ。もっとも働いているとはいっても客が少ないので、TV見て 音楽聴いて、食べて、くっちゃべって、電話して、 そんな10時間のようで楽しそうである。二日にいっぺんはソムタムを食べる。この時ばかりはゲストハウスのロビーに激臭が漂い、食べ終わると 消臭スプレーをまく。

タイ語学校のN先生は、タイ南部出身の25才。 なんとイスラム教徒である。とはいっても街中に
お祈り室はないので、お祈りは家でできる範囲でやるらしい。兄弟・いとこの3人でプーケットに住んでいて、本業は インターネットカフェの経営。副業が語学学校の先生で、 3つ目の仕事がアムウェイ販売員。

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2006.03.28

世界史の落し種

またプーケットに来ています。
昨日はタイ語学校が縁で知り合った友達と焼肉屋へ。

足がないので流しのバイタクを捕まえて行くのだが、タイ風に僕らは2人ずつ一台のバイタクに乗る。つまり運転手も入れて一台のスクーターに3人。しかもノーヘル。日本じゃ考えられないね。

P君はお父さんがアメリカ人、お母さんがタイ人。お父さんはアメリカ軍人で、ベトナム戦争期間中に空軍としてタイのパタヤに駐在していて、お母さんと知り合ったそうだ。世界史を裏から見るようで興味深い。

12歳までタイにいて、その後カナダに渡り、アメリカ政府の奨学金でシアトルのグラフィックの専門学校に通い、半年ほど前にプーケットに移住。

顔立ちはお父さんの血をひいて欧米顔だし、英語はネイティブだし、12歳以降はカナダとアメリカで育っている彼だが、私は彼と話すとき、アジア人を感じる。それが私には非常に心地良い。

彼ももしかしたら、少しアメリカ文化の洗礼を受けて育った私に、自分と似たものを感じているのかもしれない。

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