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2005年6月の記事

2005.06.27

パタヤビーチ

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タイに来て3回目の週末。現地人も勧めるサメット島に行きたかったが時間がなくて断念し、近場のパタヤビーチへ出向いた。バンコクからバスで2時間。

1960年代にベトナム戦争帰休兵のための休養、娯楽地として開発されたこの街には二つの側面がある。一つはリゾート地としての側面。高級・中級リゾートホテルが多数ならび、たくさんの欧米人と、若干の日本人・韓国人・中国人などが街中を闊歩している。そんなに大きな街でもないのに、ヨーロッパの料理はここではなんでも食べられる。ビーチに行けばいかにも長く滞在してますという欧米人がデッキチェアに寝そべっている。

そしてもう一つが、歓楽地としての側面。街中の路地を歩くとやたら目に入るのが、ストリップバーやゴーゴーバーなどの派手な看板。「ルウィンスキー」という名のストリップバーには笑った(おそらくクリントンに由来するのだろう)。猥雑で喧騒なエリアだ。

海ではジェットスキーやらウィンドサーフィンやらバナナボートやらを楽しむ姿が多数見られたが、それほどきれいな海ではない。街は歩くには猥雑だし、交通量も多く、物売りもうるさい。あえてここにくる必要はないと感じた。ここはすっとばして、やはりサメット島が本命だ。

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2005.06.21

異国の地で食べるカツ丼


※写真はよそから借りてきた日本のカツ丼です。


タイに来て早や10日。そろそろ日本食が恋しくなって、近くのFUJIという日本食レストランに行ってカツ丼を注文した。

そしたら運ばれてきたのは、ご飯の上にまず鰹節がのせてあって、その上に刻みレタス、さらにその上にスライスしたとんかつ、さらに上からマヨネーズが網状にかけてある代物。横から見ても斜めから見ても箸でかき混ぜても、タマネギもとじタマゴも三つ葉も出てこない。

おそるおそる食べてみると、どこかで食べた味・・・鰹節とマヨネーズの味のハーモニー、これはお好み焼きやないけ! 口直しに漬物を・・・と手を伸ばすと、なぜか漬物がオレンジ色に光ってる。もしやと思ったが、予想通りキムチだった。場所違いな味の連続になんか釈然とせずにお吸い物をすすってみたら、このお椀はお吸い物ではなく味噌汁だった。

こんな店でも、客はいっぱいだった。

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2005.06.15

ライブドアスカイプ

私にとってほりえもんはどちらかというと避けて通りたい人種なのだが、ライブドアという会社はいい目利きがいるようで、意外と先進的なことにも取り組んでいる。その一つがブラウザのオペラやLinspireやTurbolinuxなどのLINUXOSだし、ブログへの取り組みもかなり早かった。

そんなライブドアが提供しているサービスの一つに、無料インターネット電話のスカイプ(Skype)というのがある。ただのインターネット電話としてはBBphoneだって高音質で会員間無料だし、ぜんぜんメリットがなかったのだが、スカイプが先日固定電話に発信できるようになって(スカイプアウトというらしい)俄然使い勝手がよくなった。更に驚くことに発信先の固定電話は国内に限られず、国際電話もつながり、なおかつ通話料金が国内通話並みに安いのである。10ユーロ(約1400円)単位でチケットを買って使うのだが、欧州やアメリカ圏ならこれで10時間分なので、1分あたりの価格に換算すると2.3円。日本もほぼ同じ価格で、タイへの発信もせいぜいその倍程度。音質も普通に話す分には十分だ。

こうしてネット常時接続の宿に泊まっている私は、スカイプのおかげでネットに加え格安の電話まで手に入れたのである。文字通りバーチャルオフィスである。あと足りないのはプリンターくらいだ。

ただ、固定電話からはスカイプにはかけられないのが弱点である。

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2005.06.14

癒しのハードロックカフェ

バンコクのサヤームスクエア内に、ハードロックカフェがある。先週の日曜日、10年ぶりに探していってみたらまだ同じ場所にあった。客層は欧米人と、欧米人が連れてきたのか誘われるのを待ってるのかどちらかの、露出の多めのタイの女の子。

バンコクは外国人にとって、癒しの街だと思うことが多々ある。ここにいる外国人は、何らかの理由で本国を出た人たちだ。老夫婦、旅行者、仕事で来ている人、いろんな外国人を見るが、中には本国に居場所がなくてというタイプもいる。バンコクという街には、これらの人たちをひっくるめて包んでくれるような温かさがあるようだ。

いかにももてなさそうな中年の欧米人が、若いタイの女の子を連れている。彼らもまた、バンコクに癒されている人たちの一人だ。たとえ金の切れ目が縁の切れ目であっても、ひと時の安息を得るのだ。時には嘘から真がでることもあるだろう。

ハードロックカフェではパンクロックバンドが「ロック」を演奏していた。ローリングストーンズ、ワム!、カーペンターズ、ミッションインポッシブルのテーマ・・・と誰でも知ってるナンバーが続く。そういえば10年前もこんな曲目だった。いかにパンクにアレンジしていても、曲が曲だけに、聞いている私は高校時代を思い出したりして、すっかり懐古モードに入っていた。いや、たぶんここに来ている欧米人にとっても同じなんだろう。ハードロックカフェという場所は、懐メロを聞きながら異郷の地において故郷を、若い頃を思い起こす癒し空間なのだ。癒しの街における癒しの空間がここにある。隣でちびちびジントニックを飲んでいる腹のでっぱったアメリカ人のおっちゃんにも、いろんな人生があったんだろうな、と思わずにはいられない。

ロックの精神が、体制や秩序への反発や現状打開への躍動感や変革への欲求にあるとすれば、これほど乖離した「ハードロック」もないが、ちょっと寂しくて、だが微笑ましい空間なのである。

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2005.06.13

バンコク王宮前広場の観光客詐欺の方程式

バンコクに来て初めての日曜日。少しはタイ観光でもするかと、昼過ぎからお寺エリアに出かけた。ワットプラケオ前で入り口を探して歩いていると、男が近寄ってきた。「オオサカ?」「いや、東京です」「そうか、いとこがオオサカにいるんだ。ところでどこ行くんだ?」「ワットプラケオ。入り口はどっち?」「こっちだけど今は入れないよ」「どうして?」「ランチタイムだから2時まで閉まってるんだ」「・・・」「ビッグブッダは見たか?」

きたぞきたぞ。約1年半前に来たとき、この手にのせられて粗悪スーツをに450ドルも払ってしまったんだった(→こちら)。しかしやつらの手口も進歩ないな。もっと楽しませてくれないと。

ビッグブッダに連れて行きたがる彼を丁重にお断りして、ベンチで地図を見ているとまた一人男が近寄ってきた。「日本人か? オビヒロを知ってるか。友達がいるんだ。タマサート大学を知ってるか。あそこだ。あの屋根だ。いい大学なんだぞ。ところでどこへ行く? ワットプラケオは今日はタイ人のためのイベントをやってるから2時まで入れないぞ」 また来た。じゃあ2時まで待つというと「ビッグブッダを見たことあるか?」 

彼を振り切って通りを渡ると、また一人寄ってきた。「ワットポーはこっち。ビッグブッダはこっち。ワットポーは
閉まってるよ」 

ワットポーの目の前で、ワットポーの入り口を近くで食事中のトゥクトゥクドライバーに聞いてみた。「ワットポーは2時30分まで閉まってるよ。ビッグブッダって知ってるか?」

こうして小一時間のうちに、4人の男に誘われた。まとめてみると方程式が見えてくる。まず日本の話題などで観光客の気を引くが、これは何でもいい。次にどこに行くかを聞き出し、そこは何かの理由でしばらく(2時間くらいしないと)入れないという。そして、ビッグブッダ(大仏)という日本人が好みそうなネタを出し、こことここと、とちょうど2時間くらいのコースを組んでくれてトゥクトゥクに乗せる、とこういう方程式だ。

これだけ大勢いるところを見ると、相当数の観光客がひっかかっているのだろう。クレームが寄せられるのか、ワットプラケオの入り口にはこう書いてあった。「Don't Trust Strangers(知らない人を信用するな)」

むこうから話しかけたそうにしているやつらは、総じて詐欺営業マンである。けど、タイの名誉のために書いておくと、こんなのばかりではない。その後、ワットアルンに渡る渡し舟の乗り場を、近くを歩いている女子大生らしき子に聞いてみた。彼女はかたことの英語ながら一生懸命説明し、伝わらないと知るや、私を乗り場まで連れて行って、自分の船賃まで出して一緒に改札をくぐって私を船に乗せてから帰っていった。普通はこういう親切な人ばかりである。

今度詐欺営業マンに会ったら、ぜひカメラを向けて、どんな反応をするか試してみたい。

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2005.06.12

知識こそ力なり ~ 名門哲学

バンコク行きのビーマン・バングラディッシュ航空の中で、バングラディッシュ人のEさんと隣になった。
日本語を流暢に話すので理由を聞くと、琉球大に1年留学したことがあるんだという。琉大時代は中古車をアジアに売って生活資金にしていたらしい。今は貿易事業を営んでいてしていて、52カ国と取引があるんだとか。「ぜんぜん遊ばない。だって時間がもったいない」と、寸暇を惜しんで世界中を飛び回っている。英語も流暢に話すので理由を聞くと、高校はイギリスの高校に行ったんだという。さらに韓国語も中国語もOKで、全部で7ヶ国語を話す。大学はダッカ大学(バングラディッシュ)を出ており、一族は国ではとても名門の出のようだ。親族に医者が3人、姉は弁護士、兄は科学者、叔父が裁判官等々、聞き出すと次から次へと飛び出してきた。

バングラディッシュ人というと一般に貧しいとか、洪水大変だろうな、とかいうイメージを持ってしまうが、こういう人もいる。もっとも貧しい人は飛行機には乗らないが。

その彼はお金は重要ではないという。「一番重要なのは知識。知識があればお金は生み出せる。」 これはどうも彼の一族の哲学らしい。子供をイギリスや日本に留学させるのも、いい教育を積ませるのもそういう哲学から来ている。そうして得た知識が、代々一族を名門たらしめている。名門は血ではない。知識だ。分野は何であれそこそこの地位を確立しないと一族の中で人として認められないので、Eさんも必死に頑張っているようだった。

そういう彼は、教育は投資だと考える。投資する分野は本気で真剣に選び、投資からリターンを求める。そのためのイギリス留学であり、ダッカ大学であり、琉大留学であった。一般の日本人が大学に行ったり専攻を決める理由とはあまりに異なるのが面白い。


ひとしきり感心した数時間の後、最後に名刺交換をした。見ると、「有限会社xx商事、貿易担当マネージャー」との肩書。ん?貿易を自営でやってるんじゃなかったのか? マネージャーって??? これだけの話をでっちあげたとはとても思えないし、知識人を感じるのだが、どこか山師的な匂いのする謎の男であった。

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2005.06.03

会社設立 後編

日本に戻ってきてからは、しばらくは会社設立後の手続が忙しかった。だいぶ前に、会社設立までの事務手続について書いたが、本編は会社設立後の事務手続である。

まず税務署に、法人設立の届出。これは定款と登記簿謄本を持参して、県と市の双方に対して行う。同じ場所でやってくれりゃいいのに、県と市の税務署は別なので、私の場合船橋と鬼越(市川)をはしごした。

続いて社会保険事務所。私個人が厚生年金と健康保険に加入するためだ。東船橋の事務所に行き10枚を超える書類をもらい、ひたすら埋めて、再度事務所を訪れ手続終了。

前後するが、社会保険の手続きの前に銀行口座をつくる必要がある。というのは、社会保険料は会社の銀行口座からの天引きになるため、銀行口座の届出が必要だからだ。銀行口座の開設には、登記簿謄本と印鑑証明書が必要(銀行によって若干違います)。あと銀行印。開設はすぐできるが、インターネットバンキングの手続きには2,3週間かかる。登記簿謄本と印鑑証明書は法務局で発行してもらう。

労働基準監督署はまだ従業員がいないので不要。

こんな感じで、法務局→銀行→社会保険事務所→税務署→法務局→・・・ と2,3周した。一箇所に固まってないので無駄が多い。デイパックに重い資料一式を入れて毎日巡礼してたので、しまいには右足の腱を痛めてしまった。


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