カテゴリー「05 - 地質・地学・天文」の記事

2009.10.05

いるか日時計

グリニッジ天文台の中庭で面白いものを見つけた。

Dolphin

Dolphin3_2


二頭のいるかが口にくわえているのは時刻盤。二頭の尾の交点がその時刻盤に影を落としている。そう、これは日時計だ。 かっこいい!なんて素晴らしい! Christopher St. J.H. Daniel という日時計デザイナーが設計したそうです。

この写真は9月19日の12時55分頃撮影したもの。

では機能の方はどうだろうか? 外見の美に比肩するほどの機能美を持っているかどうか、文字盤を解析してみよう。

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文字盤は横長の長方形が湾曲したかたちになっており、下部に左から順に9、10、11、12、1、2,3,4,5の数字が刻まれている。これは時刻だろう。横軸は時刻表示だ。各数字の間が5本の縦線で6等分されているので、この線は10分刻みの線だ。

この縦線が直線ではなくて逆S字型に歪んでいるのが気になったが、視太陽時と平均太陽時の均時差を踏まえて、いつでも正確な平均太陽時を表示できるように目盛りを入れたらこうなったようだ。日時計が平均太陽時を表示できるとは驚いた。写真では二頭のいるかの尾の交点が1の曲線(13時)のやや手前に影を落としている。うん、ぴったり合っている(下部注記も参照)。

Dolphin3 長方形の縦は、太陽の高度変化に対応したものだろう。縦軸は季節(月日)表示だ。太陽が高い季節は時刻盤の下部に影が落ち、低い時期は上部に影が落ちる。つまり、夏至のときに影は下辺あたりに落ち、冬至のとき影は上辺あたりを推移するのだろう。撮影日の9月19日は秋分の日の数日前なので、影は時刻盤のほぼ真ん中を左から右に推移していくはずだ。ビンゴ!

ところで普通日時計は、日時計が設置されている場所の経度と、その地に通用している標準時の基準地の経度(日本なら東経135度の明石)との差があるため、時刻を正確に表示しようとすると12時が真ん中に来ない。経度のずれの分、12時線を真ん中から左右どちらかにずらす必要があるからだ。だがこのいるか日時計はイギリス標準時のグリニッジにあるので、そのずれも発生しない。

つまりこの日時計は、均時差の問題も経度差の問題もクリアした、完璧な時計ということになる。これってすごいんじゃないか?

なんてことを考えながら時刻盤を眺めていると、中央の数字が12じゃなくて1になっていることに気がついた。え?なんだこれ? ということは真南を向いてないのか? いや、そんなことはない。ちゃんと南を向いている。真ん中は真南の線だ。影がこの上を通るときが南中で12時というのがそもそも時計の考え方だ。今、ちょうど影が真南の線のあたりにあるから、時刻は12時だよな、と腕時計を見ると13時前。日時計の時刻盤を見ても13時前。 ??? わけがわからん。

と30分くらい日時計の前で悩んだだろうか。

「!」

そうだった、今はサマータイムだった。イギリスは3月最終日曜日から10月の最終日曜日まで夏時間で時計を1時間早く進めているのだった。ということは、現時刻は本来は12時前だけど、サマータイムだから13時。

Dolphin4 謎が解けてほっとしたが、次の疑問が生じた。「なぜデザイナーは12時を真ん中にしなかったんだろう?」 12時を真ん中にした方が素直だし、美しい。サマータイムの問題は横に注釈でもつけておけばいいだけだ。

これは推測だが、もしかしたら閲覧人数の大小で決めたのかもしれない。サマータイムの期間はおよそ7カ月あって通常時間よりも長いし、観光客は暖かい4-10月の方が11-3月よりも多いだろうから。

しかしながら、ここは東経0度、グリニッジ子午線だ。世界の時刻の基準点だ。そこにある唯一の日時計が、サマータイムで作られているのは大いに残念だった。デザインもこんなに素晴らしいのに、画竜点睛を欠いた。なんてもったいない!

※注記
その後ネットを調べていたところ、こちらのページに、この日時計の時計盤は夏至と冬至に年2回入れ替えると書かれてあった。たしかに入れ替えるなら均時差の補正はより正確になると思うが、サマータイム期間は夏至→冬至ではないので、夏至と冬至に入れ替えても時刻表記は間違ってしまう。また、写真を見ると設置場所が微妙に違う。移動したけど同一物なのか、別モノなのか、時計盤を入れ替えるとしたらいつ、何回入れ替えるのか、まだ疑問は残ります。

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2009.03.12

初めての「月の出」

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初日の出やら、富士山頂からの日の出やら、日本人にとって日の出というのはなじみの深いものだと思う。国旗が日の丸であることも手伝って、海外でも日本の愛称はRising Sunだ。だが月の出というのはどうだろう?

正直なところ、私もこれまで意識したことはなかった。月というのは気がついた時には既に空にぽっかりと浮かんでいるものであって、地平線から月が昇ってくるのを待ち構えるようなものではない。そういう先入観があったのだが、今回ピーピー島で、山の後ろから月がゆっくりと浮かびあがってくる「月の出」を見ることができた。満月の日だけの特典。実に神秘的で、実に面白い。

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2009.03.09

熱帯のカルスト地形

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タイ南部のクラビ、パンガーで撮影した街並みです。 山地じゃなくて、すぐそこは海、というところの写真。実にいい崖っぷりじゃないですか。

このあたり(クラビ県、ピーピー島、パンガー湾など)の地質は石灰岩でできていて、強烈なカルスト地形を形成している。

日本のカルスト地形は窪地とか鍾乳洞になるようだけど、 このあたりは何せ暖かく雨量も多いので、縦方向の侵食(溶食)が激しく、 石灰岩が柱状や塔状に残る(Wikipediaより)。

 

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面白いことに、隣地のプーケットは花崗岩質の山岳地帯で、石灰岩質ではなく、このような奇岩や絶壁は見られない。なぜクラビやパンガーの地質は石灰岩でできているのか、なぜ表面に出てきているのか、などまだまだ気になることが多いが、宿題としておこう。

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2009.02.23

ピーピー島の夕陽

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撮影日時: 2009年2月19日
撮影場所: ピーピー島(ピピ島)、タイ王国

太陽はコンパスの示す「西」より少し南寄りの方角へ沈んだ。

Phi00


【参考】ピーピー島の日の出日の入 (国立天文台 暦計算室より)
緯度: 7.733 経度: 98.767 標高:   0.0 標準時:7

日付 方位 南中時 高度 入り 方位
年月日 時:分 時:分 時:分
2009/02/19 6:42 101.3 12:39 71.0 18:36 258.9

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2009.01.16

京都で大地震が起こる確率は

E03_16_17 1995年1月17日の阪神・淡路大震災から14年。当時私は大学生で京都にいて、早朝の大きな揺れにベッドから飛び起きた。京都は震度5だったと思う。本棚の下から三段目に置いてあった14型のブラウン管カラーテレビが床に落ちて壊れた以外はとくに被害はなかったが、それなりに重いテレビが落ちたのには驚いた。


その二週間後、地震の被害をこの目で確かめるため神戸まで行ってみた。阪急電車は西宮までしか動いていなかったので、西宮駅前でレンタサイE03_20_07クルを借りて、三ノ宮まで走った。二週間後ということで街は平静を取り戻してはいたものの、国道ではガレキを運ぶ大型トラックがひっきりなしに走りまわっていた。十階建てビルの四階部分だけがくしゃっとつぶれたオフィスビルは、まだそのままになっていた。倒壊した家屋のガレキ除去を終え、すでに更地になっていた一戸建ての敷地がたくさんあった。幸運にも全壊を免れた戸建の破損部分は青いビニールシートで応急措置がしてあった。交差点の角ではボランティアが汁物の炊き出しをやっていた。この地震はたくさんの生命を奪い、たくさんの人の人生を変えた。


そして昨年から再び京都に住むようになってから、当時の神戸の風景が頭をよぎり、やっぱり気になるのだ。京都に大地震は来るのだろうか? 来るとしたらいつなんだ?


Jishin この点、つい先日まで住んでいたタイ王国は、全くといっていいほど地震がないのである(左図)。タイからちょっと南に行ったところにあるインドネシアは地震大国だというのに不思議なもんだ。なぜタイには地震がなくて、日本やインドネシアには多いのか。それは、日本やインドネシアが、プレートがプレートの下に潜りこむ位置にある土地だからだと言われている。


まあそんなことを嘆いても仕方がないので話を京都に戻すが、実は京都では1596年(慶長元年)に大地震が起きている。時は太閤秀吉の時代。秀吉は関白職を秀次に譲って、自らは洛中を出て伏見に城を築いて住んでいたのだが、その伏見城の天守閣が慶長の大地震で全壊している。被害は伏見だけにとどまらず、方広寺(東山)にあった日本最大の大仏(高さが18-19mあったらしい)もこの地震で倒壊した。東寺(洛南)も大被害を被った。地震報告書の類が残されていないので断片的な記述の寄せ集めになってしまうのだが、大地震であったことは間違いない。一説にはマグニチュード7.5とも言われている。


地震には周期があるので、慶長の大地震の震源や動いた断層がはっかりわかれば次の時期も推定できようものだが、あいにくこれまでの研究でははっきりしたことは言えないようだ(※有馬高槻構造線との説が有力)。ただ、京都の活断層は活動期に入っている各所で言われている。

とすると気になるのはその時期と規模だ。まあ完全に予知できるものではないと断った上で、これまで見聞きした情報を並べてみよう。

京都周辺の過去の大地震



・防災科学技術研究所が運営している地震ハザードステーションによると、京都府南部で30年以内に震度6弱以上の地震に見舞われる確率は26%を超えている。

・ホームページ、地震・防災「あなたとあなたの家族を守るために」によると、京都府城陽市南部から奈良県桜井市にかけて南北に位置する奈良盆地東縁断層帯で30年以内にマグニチュード7.4程度の大地震が発生する確率は0%-5%

・先日お話を聞いた耐震診断士(建築家)によると、京都に震度7強クラスの地震が来る恐れはしばらくないが、琵琶湖西岸断層、大阪の上町断層、和歌山の紀ノ川周辺ではいつ起こってもおかしくなく、その結果京都も震度7弱の地震となる恐れがあるという(※規模についてはやや脅かされたのだと思う。)


とりあえず明日、避難セット一式を買いに行こうと思う。

※トップの2枚の画像は神戸市の「災害と震災 資料館」様より、「京都周辺の過去の大地震」の画像は京都市消防局様よりいただきました。

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2008.12.25

さそり座の月にさそり座が見えないわけ

Scorpius_2 私は11月生まれのさそり座だ。だからさそり座は私の守護星で、11月になるとさそり座が天高くから私を温かく見守ってくれるんだろう、そう思っていた。だが小学生の後半くらいの時だろうか、さそり座というのは夏の星座で、11月の夜空には輝かない星座だということを知った。じゃあなんで11月生まれがさそり座なんだろう。その疑問は解決しないまま、いつしか忘れ去られていた。

そしてそれから20年ほどが経過した2008年4月、この謎が解けた。そのきっかけとなったのは、タイの新年を祝う水かけ祭り、ソンクラーン祭だった。その経過は以前こちらこちらにまとめたが、タイ王国という西洋占星術とは一切関係がなさそうな場所で、予期せず出会ってしまったところが面白い。

さて今日は、この「さそり座の月にさそり座が見えない理由」について、もう少し一般的に言うと、西洋占星術の「~座」と夜空の実際の星座の関係について、整理しておくことにした。

1.    黄道十二宮という概念

 まず、「私は11月x日生まれだから、さそり座です」というのは混乱を招く間違った表現で、正しくは「天蝎宮です」と言わなければならない。夜空に浮かぶ実際の星座であるさそり座と、黄道十二宮という抽象概念の一である天蝎宮は別物であることが理解への第一歩だ。

Zodiac12_2 黄道十二宮というのは天球上の太陽の通り道(黄道)を、白羊宮から双魚宮までの12のエリアで均等に割った概念だ。360度を12で割るのだから、それぞれの宮が30度ずつ受け持つことになる。白羊宮は黄道0度~30度、次に金牛宮は30度~60度、8番目の天蝎宮は210度~240度までだ。それぞれの宮の名前は、その位置にあったそれぞれの星座から付けられた。そして、占星術でいう「xx座」、正しくは「xx宮」というのは、その時期にその宮に太陽がある時期のことをそう呼んでいる。現代では3月21日頃~4月20日頃までの間は太陽が白羊宮にあり、4月21日頃~5月22日頃までは金牛宮に、10月24日頃~11月22日頃までは天蝎宮にある(トロピカル方式の場合。詳細は省略)。

 太陽があるということはその明りで星が見えないということであり、とすると太陽が天蝎宮にある時にさそり座が見えないのはむしろ当然だ。子供の頃思っていた「さそり座の月にはさそり座が見えるはず」という考えは、黄道十二宮の意味を知らない子供の発想だったわけだ。むしろ11月によく見えるのは、黄道十二宮を円で描いた時に、天蝎宮の対面側にある宮の星座群ということになる。

 ただし、ちょっと注意が必要なのは、黄道十二宮が整えられたプトレマイオスの時代から既に千数百年が経過しており、地球の歳差運動により、当時は4/14頃にあった春分点が現代では3/21頃になっている。黄道十二宮(トロピカル方式)では春分点に合わせて十二宮をずらした結果、「宮」ともとの星座の場所とは24日分ほどずれてしまった。だから実際には、太陽が天蝎宮にある時(10月24日頃~11月22日頃)、その場所にある星座は本来あるべきさそり座ではなくておとめ座やてんびん座である。同様に、対面にある金牛宮の真夜中の南の空の星座は、おうし座よりはおひつじ座である時期が長い。

2.    観測時刻との関係

 さて、実際の天蝎宮の時期(10月24日頃~11月22日頃)の夜空をFarSkyという天球シミュレーションソフトを使って見てみる。これは無料でダウンロードできる素晴らしく出来の良いソフトである。なお観測地点は京都市としたが、東京でも大差ないだろう。

Farsky_3  天蝎宮期間の真ん中である11月8日の0時0分の夜空には、西の空にうお座、南の空に おひつじ座とおうし座、東の空にふたご座が浮かんでいる。これは前節の末尾に書いた内容とぴったり合っていて、理論から導いた結論と現実が合致していて嬉しい。

 真夜中に夜空を眺める人はあまり多くはないので、11月8日の20時の夜空で見てみると、西の空にはやぎ座、南の空にみずがめ座とうお座、東の空におひつじ座がある。0時の夜空と比べてみると、20時には東の空にあったおひつじ座が0時には南の空へ、20時には南の空にあったうお座が西の空へ、それぞれ移動していることがわかる。

 11月9日の朝4時の夜空では、西の空におひつじ座とおうし座、南の空にふたご座、東の空にかに座としし座がある。0時からさらに4時間分(60度)、西に動いたわけだ。期待どおり、太陽が天蝎宮にあるこの時期には、夜空を一晩中眺めてもさそり座を見ることはできない。さそり座は地平線のむこうだ。

Scorpius2_3 では逆にさそり座はいつ見れるのか。これもFarSkyを使ってシミュレーションしてみると、6月1日に深夜0時0分に真南の空に浮かぶ。これは天蝎宮の時期(10月24日頃~11月22日頃)から、ちょうど半年+24日後の時期になっていて理論値と合う。夏が深まっていくにつれさそり座が空に浮かぶ時間も早まっていき、7月1日には19時頃には南東の空にあり22時に真南に、8月1日には19時頃には南の空の地平線すれすれに顔を出し、20時に真南に浮かぶ。7月、8月は23時、24時ごろまで夜空にある。夏にはよく見えるわけである。9月も終わり頃になると、19時頃に西の空にあるが、すぐに沈んでしまう。夜空にオリオン座が目立つようになったら、しばらくは潜伏期だ。実際には日中に空に出ているのだが、明るくて見えないのだ。そして次に再び夜空に顔を出すのは2月初旬頃で、早朝の5時に東の空の水平線上ぎりぎりに顔を出す。それから6月くらいまでの間は、もっぱら夜中から早朝にかけて見ることができるが、この時間に起きている人は多くはないだろう。その意味で、さそり座は夏に一番よく見える星座と言っていいだろう。

 以上、まとめると、さそり座の月の夜空にさそり座が見えないわけは、まずは天蝎宮という黄道十二宮の概念上、さそり座と太陽の位置とが重なる(24日分ずれているがそれでも近い)からであり、夏の星座と言われるわけは、観測時刻との関係で夏に人の目に触れることが多いからである。とまあ、こういうわけでした。

※さそり座の画像をこちらのサイトからいただきました。

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2008.12.23

カプリコーンと南回帰線

1707_2 ウェブで見つけて一目惚れして買ってしまった自分へのクリスマスプレゼントがアメリカから到着した。見ての通り、地球儀です。

- 木目のアンティークなデザイン
- 地殻の凹凸を正確に再現
- コロンブスやバスコ・ダ・ガマやマゼランの航海ルートを絵示
- 気圧計、湿度計、温度計の3つの計測器

なんとも、男心をくすぐる一品なのです。

そしてアメリカ製なので、表示は全て英語。 気圧計の表示はヘクトパスカル(hPa)と水銀柱(inHg)の二種類で書かれていて、現在1032hPaで34.8inHg(たぶん単位はインチ)。 気温は摂氏と華氏の二種類で、現在10℃で51°F。 この辺の細かいところもツボを突いてきてたまらん一品なのです。

1712 北回帰線を見ると、 Tropic of Cancer と書いてある。南回帰線は Tropic of Capricorn

キャンサーといえばカニ座、カプリコーンはやぎ座だ。いったいどういう意味?と調べてみると、これはカニ座じゃなくて巨蟹宮、やぎ座じゃなくて磨羯宮のことで、黄道十二宮だ。

その意味するところは、北回帰線というのは夏至の太陽の位置のことだが、これは黄道でいうと90度。つまり双児宮から巨蟹宮に太陽が入る点だ。同様に、南回帰線というのは冬至の太陽の位置で、黄道270度。太陽が人馬宮から磨羯宮に入る点だ。

つまり英語では、回帰線は夏至や冬至を意味し、黄道十二宮の名称で呼んでいたのだ。

一つの地球儀からでも、こんな背景が見えてくるのが面白い。

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※以前書いた、タイ文化と黄道十二宮に関する記事はこちら

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2008.09.16

京都・伏見で見る中秋の名月

15ya2_2 9月12日の夜9時頃、南の空にやや赤味がかった月がぽっかりと浮かんでいた。 満月の6/8くらいの大きさで、餅つくウサギも良く見えた。きれいだった。 そういえば、明後日9月14日は中秋の名月だ。

深夜1時頃、もう一度月を眺めに外に出ると、月はすでに西の空、地平線から20度ほどの低い位置に移動していた。 意外に早く動くもんだ。そして、夜9時の月の方が美しかった。

月の満ち欠けの周期は29.5日なので、満月というのは年に12回はあるわけだが、 なぜ、中秋の名月だけ、特別扱いされるのだろう?

一つは気候だと思う。秋の夜空は澄んでいて見晴らしがいいうえに、 夜は涼しい風が吹いて気持ちいい。

そして、この日に気づいたもう一つのポイントが、月の高度だ。 月の位置が高すぎては借景が目に入らないし、見上げるのに首が痛くなっていけない。低すぎては美しさに欠ける。

この点、国立天文台・天文情報センターの情報によると、昨日の夜9時の月の高度は約40度で、見上げるにはちょうどいい高さだった。南中時刻はだいたい夜11時で、高度は約50度だった。

これが来月、再来月となると、月の高度はどんどん高くなっていくので、夜9時台には月はすでに首が痛い高さにあるだろうし、7時、8時台には 月の位置が東過ぎて、見えない家も多いだろう。日本の家の多くは南側を 開けている。

再び同じような位置に月がくるのは約半年後となるが、この時期はお月見には寒すぎる。

というわけで、中秋の名月では、気候と、運行上の月の位置が絶妙な 場所にあるので、特に愛でられているのだと思う。

 * * *

Fushimimap 実は、京都にも月見の名所がある。伏見桃山がその最たるものだ。今でも観月橋などの地名が残っているこのあたりでは、4つの月が見えたらしい。 空の月、川に映る月(宇治川)、池に映る月(巨椋池)、そして 盃に映る月の4つだ。これを指(四)月といい、伏見城は別名指月城といったらしい。

ここには平安時代には藤原氏がこぞって別荘を建てたし、 天下人となった秀吉は伏見城をたてた。 明治天皇陵がこの地にあるのも、天皇が生前この地を とくに好んだためらしい。

これは見に行かなあかん。 というわけで9月14日、中秋の名月を見に行ったのが一番上の写真。まずは地名を頼りに観月橋に行ってみたものの、マンションやら高速道路やらが視界を邪魔するし、巨椋池も開拓されてなくなった現代ではそれほどいい景色ではなかったので、やや街中に戻って、柳がしだれる宇治川派流からパチリ。正面に映っているのは山本酒造という造り酒屋です。

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2008.04.15

シンギングサンズ(鳴き砂)

Karon

英語で「鳴き砂」のことを、Singing Sands とか Whistling Sands とかいうらしい。

ここプーケットにも鳴き砂のビーチがある。カロンビーチと言って、真白の砂がきれいなビーチだ。歩くと「キュッキュッ」と鳴く。

不思議なことに、プーケット島には20や30の名のあるビーチがあるが、砂が鳴くのはカロンビーチだけである。デジカメで砂の鳴き声を録音してみたのでお聞きあれ。


なお、音の正体は石英粒同士の表面摩擦である。砂浜が鳴き砂になるには、1)砂が石英粒を多く含むこと、2)砂粒の直系が0.1mm-0.5mmであること、3)一定の湿度があること、などが要件とされているが、まだ未解明の部分が多いという。砂に油脂や泥粒子がつくと摩擦が少なくなり音が鳴らなくなるため、環境指標としても注目されている。

【参考サイト】
http://staff.aist.go.jp/n.kaneko/bs/what.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Singing_sand

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2008.04.12

一年で最も影が短い瞬間

影に注目して写真を見て欲しい。

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※撮影場所: タイ王国 パンガー県カオラック (北緯8.63度、東経98.2度)
                   ル・メリディアン・カオラック
   撮影日時: 2008年4月11日 12時28分

見ての通り、影が異常に短い。それもそのはず、これらは太陽がちょうど真上を通過したときに撮影した写真だからだ。比喩的表現じゃなくて、太陽が文字通り真上を、南中高度が90度のときの写真である。

日本の本土では、太陽が真上に来ることは物理的にありえない。例えば東京では、一番高度が高い夏至の昼時でも78度だ。だがプーケットがそうであるように、北回帰線と南回帰線の間に位置する土地では、年に2回、太陽が真上を通過していく。

そして太陽が真上を通過する瞬間というのは、一年のうちでも最も影が短くなる瞬間でもある。太陽は当然ながら一日の中でも東から西へどんどん動くので、ちょうど真上にあるのはお昼時のほんの一瞬だ。それを待ちかまえて撮影したのが上の写真である。

実は、私が住むプーケットでは、4月10日の12時28分がその瞬間だった。だがあいにくの天気だったので写真が撮れず、翌日、太陽をおっかけて北上して、プーケットから車で2時間ほど北にいったパンガー県カオラックで、この瞬間を撮影することができた。曇り空で太陽光が弱いのが残念だったけど。

#データは国立天文台暦計算室から取得した。GoogleMapと連動して、世界中の任意の地点での太陽や月の動きを計算してくれてとても便利。

ま、もの好きと言われればその通り。

おまけ。ル・メリディアンの園内とそこで見つけた大トカゲ、そしてカオラックの海。

Meridien

Tokage

Khaolak

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