カテゴリー「12 - 旅行記」の記事

2010.02.17

タイ=ラオス国境~メコン河を渡る(2)

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ラオス人民民主主義共和国、通称ラオス。

日本人にはあまりなじみのない国だけど、タイ旅行のついでにちょっと足を延ばしてラオスまで、というバックパッカーは多い。みな口を揃えて、「のんびりしたいい町だった」「ビアラオ(BeerLao)が美味かった」という。そんな話を聞くと、タイ好きのバックパッカーの血とプライドが騒ぐ。

数年前から日本人は、ラオス入国にあたり14日以内の滞在ならビザが不要になったので、入国は実に簡単だった。具体的に書いておこう。

タイのノーンカーイとラオスのビエンチャン郊外をつなぐ「タイ=ラオス友好橋」という名の橋がメコン河にかかっていて、ここから国境を越える。

  1. 橋のふもとにあるイミグレーションへ直接行く。 ノーンカーイの町からトゥクトゥクで約10分、40Bだった。私はノーンカーイに一泊したが、ウドンターニ空港から直接行くのも便利だ(相乗りミニバンで1時間強、150Bくらい)。
  2. 高速道路の料金所のようなブースが並んでいるので、パスポートを提出してタイの出国のスタンプを押してもらう。
  3. タイからラオスへの橋を超えるシャトルバスに乗る。たしか20B。(ボロ)シャトルバスの横腹に、日本の国旗とOfficial Development Aidの文字が描かれていた。俺らの税金はこんなところで使われてたのか。
  4. 10分ほど走ってラオス到着。同じく高速道路の料金所のようなブースでパスポートと、配布されているARRIVALカードを記入して提出。あっさりと入国のスタンプを押してもらった。
  5. 出口にミニバン業者、タクシー業者がたむろしていて声をかけてくる。市内のホテルまで相乗りミニバンで約30分、150Bだった。なおビエンチャンではタイバーツが普通に使えるので(レートはやや悪いと言われている)、数日しか滞在しない人は両替の必要さえない。
  6. 宿まで送ってもらって国境越えプロジェクト終了。実に簡単で、ノーンカーイの宿からビエンチャンの宿までDoor to Doorで 2時間だった。

簡単だったんだけど、初回だし一人旅ということで警戒してたので、カメラを構えてる余裕がなく写真がありません。

なおラオスの通貨はキープ。 1バーツ=250キープ(市内の流通レート)。1000バーツ札(約3000円)を両替したら50000キープ札を5枚、 計250000キープをもらえて、なんだかすごく得した気分になった。

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2006.12.28

ペナン島の食生活

さてペナン島に来て1週間。
とにかくここはご飯が美味しい。おそらく日常食の美味しさでは世界有数のエリアじゃないだろうか。毎食毎食美味しい。この1週間の食事の、ベスト3を挙げてみた。

★第1位 飲茶屋の肉卵まん
 遅めの朝飯を食べにチャイナタウンの飲茶屋に飛び込み、ジャスミン茶をすすりながら、どでかい肉まんを頬張る。中にはよく煮込んだ豚、鶏、卵が入っていて、口の中でとろける。ふかし立ての皮は甘くて柔らかくてケーキのよう。至福な一日のスタート。1個66円。

★第2位 中華食堂の酢海老
 「Sweet and Sour Prawn」と書いてあったので、海老チリソースを期待して注文したら出てきたのは酢豚の豚の代わりに揚げた海老が入っている酢海老だった。これが激ウマ。中はジューシーでぷりぷり。外はサクッととろーり。1皿700円。

★第3位 インド料理屋の卵カレーチャーハン
 ふわふわ卵とふわふわライス。これほど口当たりの良いチャーハンは初めて。一皿250円。
 

もっとも、当然失敗もある。インド料理屋でラッシーを注文したら、甘いのかすっぱいのか聞かれた。激甘は勘弁なので、甘くない方を頼んだら出てきたのはチーズジュースだった。

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2006.12.24

マレーシア南部で大洪水

ペナンの話ではありません。こっちは連日快晴。同じマレーシアだけど、ジョホールバルとマラッカの話です。

現地の新聞によると、12月19日、半島マレーシアの南部に大雨が降ったそうです。ジョホールバルでは1日の雨量が400ミリにも達した。東京の梅雨時期の月間雨量(100-150ミリ)の約3-4倍が1日に降ったわけです。もともと半島南部は北東季節風の影響で雨季なのだけど、今回は37年ぶりの雨量だそうです。

その結果、ジョホールバルでは洪水のため10万人が避難生活を送っており、マラッカでも都市部は2メートルの冠水があったそうです。隣国のインドネシアでも被害は深刻で、数千人が家を失ったとのこと。

なお、私がいるペナンは大雨とも洪水とも無縁です。気候的にはプーケットに近く、今は乾期なのです。山脈の西側にあるので、北東季節風の影響は受けにくい模様。

◆写真はこちら
http://www.nst.com.my/Current_News/nst/Floods/

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2005.11.04

忠誠を誓うのは・・・

私が泊まってる宿は、バンコクの中心地、サヤームのお膝元のゲストハウス。いつ行っても、たくさんの欧米人と少しの日本人でにぎわっている。中には1年くらい住み着いている人も。

昨日私がロビーでパソコンを叩いていると、景気のいい笑い声が耳に飛び込んできた。アメリカ人のおっちゃんが、オーストラリア人とカナダ人のカップルを捕まえてジョージブッシュ批判、イラク戦争批判をしているようだ。

そこに、いかにも軍人という体系の金髪碧眼の屈強な兄ちゃんが通りかかった。沖縄から来たばかりの米軍のパイロットだという。B-2爆撃機のミッションに関わっていて、イラクに爆弾を大量に落としたこともあるのだとか。そしておっちゃんの発言に、彼は自分の仕事が全否定されたと感じたようで、やがて口げんかが始まり、一石触発の危険極まりない状態になった。やばい。

ところが、おっちゃんの会心の一撃が出た。
「キミが忠誠を尽くすのはジョージ・ブッシュにじゃなくて、自由と民主主義を守る合衆国憲法にだろう?」

この一言で、怒り心頭だったパイロットはぐうの音も出なくなってしまった。さらに、この一言には彼も救われたようで、「そうだよな、憲法だよ。自由と民主主義だよ」とつぶやいて、おっちゃんと仲直りしてしまった。

憲法ってのは、本来こういうものなんだな、と思った瞬間だった。


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2005.09.04

PADIオープンウォーターライセンスを取得

サムイ島に4日間滞在し、標題のスキューバダイビングのライセンスをゲットした。ま、誰でも取れるんですけどね。

◆初日
サムイ島にある日系のダイビングショップでオープンウォーターコースを契約。

午前中はビデオ学習。水中では当然ながら水圧があるため、水中化での身体の変化とその対処法が主な学習内容。急速に浮上しすぎると肺が破裂する恐れがあるとか、体内に蓄えられた窒素を代謝しきれずに重病になるとか。風船を肺に見立てて、水面下10m(2気圧)でn立方センチメートルだった風船は、水面(1気圧)では何立方センチメートルになるでしょう?なんて問題を解く。そういえばPV=Kなんて公式を昔習ったことを思い出しながら、なかなか楽しい内容であった。午後はスキューバセット一式を背負ってプール実習。浮き方、沈み方、マスクに水が入った時の対処法などを実習。疲労度大。帰りにテキストを渡され、回答に小一時間を要する宿題が出た。

◆二日目
海デビュー。昨日プールでやったことを海で復習。耳抜きなども学ぶ。そこそこ海底をうろついてみるが、残念ながらサムイ島は透明度が悪く、バディを見失うこともしばしば。魚もぜんぜん見えなかった。午前と午後に約30分の潜水。陸にあがり、ペーパーテストを受けて二日目は終了。

◆三日目
サムイ島から約1時間かけてタオ島周辺でスキューバ!
ところが疲れがたまったのか、食べたものが悪かったのか、昨晩から頭痛、吐き気、肩こり、腹下しの四重苦。結局この日の予定は延期してもらい、ホテルで休息することに。これまで体験したことのない症状に、もしやマラリアにでもかかったんじゃ・・・、とガイドブックにのっている代表的な病気の症状と自分の症状を比較しては安心したり不安になったりな一日。薬局で頭痛薬とタイガーバーム(肩こり用)、コンビニでヤクルト(整腸用)を買い、夕食に日本料理屋で無理やり肉じゃが定食を押し込んで、タイマッサージの2時間コースを受けたところ、夜には不思議なくらいよくなった。

◆四日目
タオ島へ。いよいよ初の本格的なスキューバ!
機材の使い方は何も難しいことはないのだが、とかく身体が浮きがちになるので、重りを足したり減らしたり微調整。海はすばらしく透明で、透明度は約20m。こんなきれいな海は初めてだ。そしてはじめて見る海の中の世界は、とくにサンゴ礁が連なる陸際がきれいだった。何千ものカマスやアジが群れをつくって泳ぐ姿は圧巻だ。捕まえようと手を伸ばしてみたが、どうしても触れない。そういえば水の中では光の屈折の関係で物は大きく、近く見えるんだったと学習したことを思い出し、再度遠くを目指して手を伸ばしたがやはり触れない。子供の頃、かえるを捕まえたようにはいかないみたいだ。ところで海の底には、ナマコや名前を知らないおかしな形をした生物もたくさん。珍しいところではエイやゴマボンガラも見れた。だがこのゴマボンガラというのは人間を攻撃する習性があるので、こいつを見かけるたびに進路を変えなくてはならない。噛まれるとけっこう痛いらしい。

14mまで潜ったが、不安だった耳抜きも全く問題なかった。

そして陸に戻ると、ライセンスを授与された。これで次回からは講習等なくダイビングだけに参加できる。これはしばらくはまるだろう。いい趣味が一つ増えた。

なお総費用は、ライセンス&ダイビングが42000円、宿泊が12000円、航空運賃が12000円で、総計66000円。

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2005.08.18

終戦記念日 in 香港

運よくというか運悪くというか、8/15の終戦の日を香港で迎えた。韓国と中国以外は大丈夫だろう、と思っていたが、そういえば香港は中国だった! こりゃ危険だ。あまり大きな顔して街を歩くべきじゃないな、ともっぱらKFCで仕事をしていた(香港ではKFCのほとんどがホットスポットになっている)。
 
新聞は小泉さんの談話を一面で取り上げて、10年前の終戦50周年の村山さんの談話と比較していた。また、ゴー宣の小林よしのりの史観の記事や、靖国に参拝する右翼青年も写真つきで紹介していた。意外だったのは、日本人女性が上海で経営するケーキ屋さんが甘いケーキで中国人の心を溶かしてる、という記事。新聞が掲載するのは批判だけじゃない。

また、日本大使館前では、まだ戦後補償は終わってないとデモがあったらしいことを聞いた。
 
ただ、街中は普通どおりで、KFCでも床屋さんでも日本人であることがバレてしまったが、別に罵声を浴びせられたり、食べ物に異物を入れられたり、石を投げられたりすることもなかったし、KFCでは普段どおり邦楽ポップスのインストが流れていた。

政治レベルで解決すべき問題は、さっさと解決して欲しいものだ。

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2004.12.10

台北ユースホステル事情

台北では、ユースホステルなどに泊まってみた。この年で「ユースホステル」というのもやや気が引けたが、バス停を降りて最初に見つけた安宿がここだったんだから仕方がない、それに友達も良かったって言ってたし・・・などど言い訳せずに、自信持って泊まればいいんだよ、オレよ。

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写真はフロントのお姉さん。香港人で、台湾人と結婚して台湾に住んでるらしいです。
総じていい宿だったと思うので、後の人のために情報を提供しておきます。

・YHのロケーションは、台北駅の通りをはさんで真南。東京で言えば丸の内のようなエリアにあり、台北の街の中心。交通の便も目の前の台北駅から地下鉄が縦横に伸びており至便。
・飛行場からのリムジンバスが台北駅に発着するので、飛行場へのアクセスも抜群。
・「K-MALL」というショッピングセンターが入っている高いビルの13階にある。1階に案内板がなく最初は戸惑う。隣のビルは「新光三越」デパート。ここのフードコートは充実している。
・1階のコンビニでコーヒーもビールも売っていて、朝も夜も重宝する。
・ちょっと南に歩いたところにある「ニ・ニ八公園」は癒しの公園。朝行くと太極拳をやってるおじいちゃん達を見ることが出来る。
・ネットカフェが近くにあるが、無線LAN機能つきのノートPCを持っていけば、フロント周辺ではネットアクセス可能。
・予備校街エリアにあるため、現地の予備校生が長期間住み着いており、夜は旅行者群と予備校生群に二分される。危害は加えられないので心配無用。
・ユースの会員証があれば、一泊490元(約1700円)。相部屋にシャワーが2コ付いている。


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2004.11.30

「普通」の台北

台北は普通に都市だった。もっと発展途上というか素朴だと思っていたが、とんでもない。

まず電車の中の風景は、東京の電車内と大差なかった。寝てる人、携帯メールを打つ人、だぶだぶのズボンを極端に下げてお尻ではく高校生、抱き合う若いカップルなどなど。やや違うかなという点は、車内の騒がしさ。話し声がどこでも聞こえるし、携帯で話すこともOKのようで誰も気に留めない。

 

宿泊した宿がたまたま予備校街の近くで、多くの予備校生が宿泊していたのだが、彼らも日本人と大差ない。台湾大学などの有名大学に行くために勉学にいそしんでいた。中には夜はプレステで遊ぶやつがいたところも同じだ。
街中にはスターバックスやマクドナルドや「全家便利商店」(ファミリーマート)や「OK便利店」(サークルK)が溢れていた。もちろん民族資本のファーストフードやコンビニも多数あった。CD屋では平井堅がやたらと流れている。


デパートの家電売り場では、日本製品に並んでPHILIPSとBENQがディスプレイされていた。BENQは台湾が誇るLCD(液晶ディスプレイ)のメーカー。


滞在期間中がたまたま選挙運動期間中だったようで、選挙ポスターがいたるところに貼られていたが、驚いたのは、ある陣営では運動員3名が皆SEGWAYに乗って動き回っていたこと。SEGWAY・・・世紀の発明と言われた、あの転ばない二輪車です。初めてみた。頼んでみたけど乗らせてはくれなかった。カタコトで選挙の応援くらいしてあげたのに・・・。


これもたまたまだが、滞在期間中にちょうど4年に1度のフットサルのワールドカップが台北で行われていた。入場料は350元(約1100円)で、2試合見れるとのこと。ぜひブラジルやスペインの華麗なフットサルを見たかったが、残念ながら日程が合わず。飛行機のチケットさえなんとかなれば、会社はもっと休んだのだが。

英字新聞を開いていたら、ヨーロッパの鉄道会社に多額の賠償金を支払うことで合意した、とあった。なんでも、台湾発の超高速鉄道の建設をヨーロッパの企業に発注したものの、納期等で折り合いが付かず、結局日本の「新幹線」に発注しなおしたのだそうだ。そっか、だから新潟の地震で新幹線が脱線したとき、台湾人があんなに動揺してたんだ。


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見習いバイヤー in 台北

有給休暇を1日取って、金土日の3日間で台湾に旅行してきた。今回の第一の目的はズバリ、ネットショップで売れる商材の開拓。バイヤーとして世界中を駆け巡りながらの人生も面白そうだというわけで、とりあえず販路はネットを念頭に、その商材の調査に行ったわけだ。現地滞在のタイムリミットは約48時間。忙しい旅になりそうだ。

まずは卸・問屋街へ行ってみようと、台北西部の由(しんにょうに「由」)化街へ。フカヒレ、なまこ、漢方薬類、お茶などの店がところ狭しと並んでいるが、これらの商材はこれまでの人生でも接点がなく、市場ニーズが全く読めないのでとりあえず除外。

次に向かったのは楽器屋。これなら少しはわかると思ったからだ。まず二胡や琵琶などの伝統楽器はニッチ市場としては面白いかもしれないが、メーカーやブランドが確立されているわけではなさそうなので、音も聞かずに買う人がいるとは思えずネット販売には不適か。JUPITERという台湾の管弦楽ブランドは、デザインも良く、価格もYAMAHA等に比べると割安で、なかなか面白そうだと思ったが、既に日本国内でも出回ってるようだ。電子楽器はYAMAHAやROLANDなど日本企業が圧倒的。

《Jupiter製》


あまりめぼしいものが無い中、ちょっと目を引いたのが医療用マスク。台北の街はベトナムほどではないにせよスクーターが多く走っており、そのせいか空気が汚く、マスクをしている人(とくに女性)を多く見た。このマスク、色もデザインがなかなか多様なのだ。常々、花粉症の時期に突如として日本に出現する「マスクマン」(まあ私もその一人なのだが)が、冬~春だというのに白マスクばかりでファッション性に欠けている点が気になってたので、ニーズがあるんじゃないか。
とはいえ、単発の商材としてはともかく、製造も販売も参入障壁が低そうなので、すぐに競合が現れるだろうな。


ちょっと切り口を変えて考えてみる。私自身は台北で何を買ったんだ?私に買わせることができた商品なら、他の日本人にも買わせることができるんじゃないか。そういう観点から買った主なものを見直してみると、前から欲しかったビリージョエルの「ULTIMATE COLLECTION」と、バッハのピアノ楽譜、ジーパンとセーターと防寒ジャケット・・・このうちビリージョエルのCDは2枚組で、国内で4000円くらいするところ現地価格は1800円くらいと激安だったが、先の著作権法改正での「輸入権」の問題があり商用としては輸入できない。バッハのピアノ譜も国内の1/4くらいの価格のうえに、音符に国境はないから利用するのにも全く支障はない。けどこれも著作物だから商用輸入は微妙か。洋服類は現地のデパート「新光三越」で買ったのだが、価格はやや安いもののサイズや色の問題からネット販売には適さない。

結局これといったものは見つからず、見習いバイヤーの第一回仕入れの旅は終わった。なかなか簡単じゃないなあ。

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2004.02.18

愉快な旅人たち

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 写真は丘の上の教会にある聖フランシスコ・ザビエル像。1545年にザビエルはこの地から日本に向かったんだとか。そういえばペナンでも「聖ザビエル高校」というカトリックの高校があったし、以前旅行したベトナムでも神父志望の学生から、ザビエルを知ってるかと聞かれた。ザビエルって人は日本だけに来たわけじゃないんだね。

 マラッカでは「トラベラーズロッジ」というゲストハウスに泊まった。風通しの良いリビング・ダイニングがあり、自然と旅行者が集まってくるので、友達がつくりやすい宿である。実はここのオーナーは日本人の女性で、マレーシア人と結婚してこのゲストハウスを切り盛りしている。詳しく聞かなかったが、飾られていた家族写真などから判断するに、イスラム教徒のようだ。そのせいか、冷蔵庫に豚肉を入れるのは絶対禁止。お酒には割と寛容で持ち込み自由だったが、宿では提供していない。
 
 ここではいろんな人種からいろんな話を聞いた。忘れないうちにメモしておこう。
 まず、25才前後のスロバキア人。「スロバキア」と聞いてもどこだかピンと来なかったが、チェコスロバキアが分離してできた「スロバキア」である。旧東欧系なのでなんとなく貧しい国というイメージがあったが、ここで会った彼はむしろ逆。旅行好きで、日本にも2回行ったことがあるというくせに定職を持っていない。そのくせRADOの時計が好きで4つ持ってるとか、お母さんもタイをバカンス中とか話していたので、どうも家が金持ちのようだ。そういえば、若いくせに後退した髪の毛を気にして、後頭部の髪の毛を前頭部に持ってくる「ヘアプラント」もやったと言っていた。見映えは悪くなかったが、これが総費用20万円というのは、やはりスロバキア価格だ。
 この彼がいう。「俺はスロバキア人は保守的だし、良い人すぎて好きじゃないんだ。もっと都会的なドイツ人の方が好きだ。俺の祖母はドイツの人だったので、俺の体には1/4ドイツ人の血が入ってる。」「ドイツに帰化申請したが、拒絶された。祖父がドイツ人だったら帰化できたのに。」「スロバキアはオーストリア-ハンガリー帝国や、ナチスドイツの時代にはその支配下にあったから、ドイツとは関係が深いんだ。」 正直、知らないことばかりで彼の話は新鮮だったので、近くのスーパーでマレーシアの国産酒を買ってきて、二晩連続で飲んだ。けど、あんまり賢い奴ではなかったな。

 次に30才前後のスウェーデン人。彼は5週間休みを取って来ているというので、会社は大丈夫なのかと聞いたら次のような答えが返ってきた。「私たちの国では、労働者は法律上年間25日間の有給休暇があり、これは毎年必ず取れる。これに加えて年間25日間の無給の休暇を取ることもそんなに難しくない。だから5週間くらい全然問題ない。」 ・・・サラリーマンをするならスウェーデンだ、と心底思った。

 次にとあるマレー人。どこで出会ったかは話題が話題だけに秘密にしておこう。陽気で人懐っこい奴だ。ある日私が風邪をひいてしまい、彼に何か頭痛の薬はないかと尋ねたところ、フィルムケースを渡された。中には胡椒のような色をした粉が入っている。「何これ?」「マリファナだ」 ・・・なお、マレーシアでは麻薬所持は死刑らしい、念のため。

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 この宿は「地球の歩き方」でも紹介されており、日本人もちらほら見かけた。会社を辞めて一人旅、というのが2人いて、元証券マンからはどれだけ仕事が忙しかったか、という話をたくさん聞かされた。あとは日本人の女子大生2人組(写真)。このコたちは大学4年生で、卒業旅行でこれからインドに行くにあたりトランジットで数日マレーシアに立ち寄ったとのこと。女性でインド旅行、しかもバックパック旅行はけっこう大変だと思ったが、2人組のうち1人はとくにインドに魅せられており、前回は数ヶ月滞在してヒンディー語を学んだという。滞在最終日にレストランでちょっとの隙にパスポートやらカメラやら一式を盗まれてしまったというが、それでもまたインドに来るところがすごい。今回の旅は無事だったろうか。彼女らだけでなく旅先では多くの日本人に会ったが、日本人もけっこうたくましいです。

#2003/12-2004/1のアジア放浪記は、ここでおしまいです。
放浪記アジア編の目次はこちら

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