カテゴリー「■B3 - マレーシア連邦」の記事

2008.01.10

やっぱオランウータンでしょ

Orangutan2

 

Orangutan_2

Orang3
石で柱を叩いて遊ぶ

Orang4
草をいっぱい集めて・・・


Orang5
おもむろに頭からかぶるのです

◆撮影場所: ロッカウイ野生動植物園(コタキナバル)Lokkawi
◆撮影日: 2007年12月29日

ここでは五匹のオランウータンを見ることができた。予想に反してオランウータンは愛嬌のかたまりで、石遊び、草遊び、ロープ遊び、フライングボディアタックなど数々のパフォーマンスで楽しませてくれた。飼育員が唇を鳴らしたら、同じように唇を鳴らして返事していた。かなり上等な知能をもっている。

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2008.01.08

ボルネオ島の歴史と日本軍

Borneomap見ての通りボルネオ島にはインドネシア、マレーシア、ブルネイの三つの国がある。日本の国土の倍ほどもある大きな島とはいえ、なんでこんなに変な国境線が引かれてるんだ? と不思議に思って調べてみると、意外なことがわかった。この地域の島々で旧イギリスの植民地だった地域が戦後独立してマレーシアに、旧オランダの植民地だった地域がインドネシアになったのだそうだ。ボルネオ島という呼び名もマレーシアの呼び名で、インドネシアではカリマンタン島という。

そしてこの島は日本軍に占領された歴史も持つ。太平洋戦争が始まるやいなや、日本軍はインドネシアを目指して進軍する。目的は石油などの資源。今でもインドネシアやブルネイは世界有数の石油産出国として有名だが、アメリカに石油輸出禁止という経済制裁をされて身動きのとれなくなった日本は、蘭印(つまりオランダ領インドネシアのことで、ボルネオ島も含む)の石油を手にすることを一大戦略目標としたのだ。

Pacific_war__dutch_east_indies_1941
右の図は1941年開戦当初の蘭印における日本軍の足跡。よくもまあ資源も体力も続いたね、と感心するくらい、短期間に広大な地域を征服している。

書いてある日本人の名前くらいは調べてみようか。インドシナ半島の「TERAUCHI」というのは寺内寿一総司令官が率いる南方軍、「IMAMURA」というのは今村均司令官が率いる第十六軍、ボルネオ島の東の海に見える「SAKAGUCHI」というのは第十六軍傘下で坂口静夫少将が率いる混成第56歩兵団を指しているようだ。

海上の「TAKAHASHI」「OZAWA」「NAGUMO」「KONDO」というのはそれぞれ海軍の高橋伊望司令長官が率いる第三艦隊、小沢治三郎司令長官が率いる南遣艦隊、南雲忠一司令長官が率いる第一航空艦隊、近藤信竹司令長官が率いる第二艦隊のことと思われる。そうそうたる将軍と艦隊が総出動という感さえある。

ボルネオ島における陸戦は、上記の坂口支隊と川口清健支隊長率いる第二五軍隷下第十八師団の一部(川口支隊)が受け持った。ボルネオ島各地でイギリス軍、オランダ軍、オーストラリア軍などと戦って撃破している。

Imamura日本軍に占領されたボルネオ島は、陸軍と海軍で北と南に分割統治されることになった。北側の守備隊長は、陸軍の中畑(下の名前不明)、前田利為、山脇正隆各氏、南側は海軍の上杉敬明氏。せっかく関わりのできた地域なので、過去にこの島に大きく関係した日本人の名前くらいは覚えとこうと思ってリストアップしてみた。

占領軍と現地住民の関係は必ずしも良好ではなかったようで、1943年にはコタキナバルでも反日ゲリラによる日本人殺害(と、それに続く現地住民の大量処刑)事件(アピ事件という)なども起きている。その一方で、隣のジャワ島では今村均大将が大変な善政をしき現地人にも慕われ、今でもインドネシアの教科書に載っているというから、軍政といっても指揮官によってずいぶん変わるもんだ。

その後反攻に転じた連合軍の空爆にあい、コタキナバルの街は徹底的に破壊され戦後を迎える。その後ボルネオ島の旧オランダ植民地は周辺のオランダ植民地と一緒にインドネシアとして独立、旧イギリス植民地はマレー半島のイギリス植民地だったマラヤ連邦と統合してマレーシアになる。

現在のおだやかなビーチやのどかなオランウータンの姿からは想像できないけど、ボルネオ島は世界史に翻弄されながらも逞しく生きぬいてきた島なんだ。

[参考にしたサイト]
http://borneo.web.infoseek.co.jp/nennpyou2.htm
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jssah/seminar/ktreport/kt011027.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%9D%87 

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2008.01.07

コタキナバルに行ってきた

Kotakinabalu

さあ今年の年末年始をどこで過ごそうか。オランウータン、熱帯雨林、きれいな海。うん、コタキナバルにしよう。マレーシアならタイからも近いし。

そんなノリで割と気軽に決めたコタキナバルだが、行ってみると意外と遠かった。プーケットからクアラルンプールまで飛行機で1時間強、乗り換えてコタキナバルまで2時間。プーケットからだと東に2500kmくらいあるようだ。緯度はほぼ同じだが、経度は約20度違う。地図の通り、海を渡ればすぐフィリピン、山を超えたらそこはインドネシア。ボルネオ島の北西岸にある街だ。とりあえず写真をご覧あれ。

Kitabalu
高さ4000m強のキナバル山。街の名前はここからついた。「コタ」はマレー語で街の意味。

Beach
本島から船で15分ほどのところにある島

Mosque
伝統的に水上生活を営む人々の集落。イスラム教徒なのでモスクがある。水上生活は波の音を聞きながら眠る夜が特に最高なんだそうだ。

Utsubo
ウツボカズラの一種。現地の女性は若いウツボカズラにたまっている液を化粧水に使う伝統があるらしい。

Coke
アラビア文字(ジャウィー文字かな)で書かれたコカコーラのポスター。街中でジャウィー文字を目にするのはけっこう珍しい。ほとんどの看板がローマ字(マレー語、英語)と漢字(中国語)だ。

Shokudo
街中の食堂。ここはマレー人経営(華僑じゃなくて)の中華料理屋のようで、清潔でよかった。酢豚ならぬ酢鶏、海鮮麺などが美味しかった。

Sabahu
マレーシア・サバ大学。地理的に生物、海洋などの分野に強そう。

#オランウータンについては別途記事をあげます。

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2007.11.14

リンギット・マレーシア紙幣

Rm1

紙幣の図柄にはその国の特色が出ていておもしろい。普通は民族の歴史的事件や建造物や偉大なる人物の肖像画が図柄になる場合多いが、マレーシアのリンギット紙幣はちょっとユニークだ。

  • 100リンギット:プロトン自動車生産ラインとエンジン
  • 50リンギット:ペトロナス社の海上石油掘削基地
  • 10リンギット:クアラルンプールのプトラLRT、マレーシア航空機、マレーシア国際海運(MISC)の貨物船
  • 5リンギット:クアラルンプール国際空港とペトロナスツインタワー
  • 2リンギット:クアラ・ルンプール・タワー(Menara Kuala Lumpur)と人工衛星MEASAT
  • 1リンギット:キナバル山と「ワウブラン(三日月)」型の凧

ご覧の通り、科学技術をとことんアピールしている。こんなところにも、この国の目指す方向性が見える。

あるいは見方を変えると、マレーシアは多民族・多宗教国家なので、特定の民族に肩入れしない図柄というのは意外と難しく、むしろ科学技術が多民族の紐帯の役割を果たしているのかもしれない。

なお表面は、全て初代国王様の肖像画になっている。

Rm2

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2007.11.05

クアラルンプールの建築物

Klbldg2

クアラルンプールには、イスラム様式を取り入れた美しいビルが多い。街を歩いていて、感心してビルを見上げることがしばしばだった。



Klbldg1





Klbldg3pt

KLのランドマーク、ツインタワー(ペトロナスタワー)。市内のどこからでも見えて、これともう一つのランドマーク、KLタワーを見て、現在位置を確認することができる。ツインタワーを建築したのは、実は日本のハザマと韓国のサムソン物産で、一塔ずつ受け持った。

Klbldg4ptnight_2

夜はこんな風にライトアップされ、最高の夜景を提供する。

写真を撮れなかったが、壁面にイスラムの幾何学模様を取り入れたシェラトン・インペリアルホテルや、重厚なマンダリンオリエンタルホテルのビルも素晴らしかった。

クアラルンプールの新都心は、土地に余裕をもって作られているので、大都会でありながら、見上げるだけの空がある。そしてそこに美しいビルがたつ。緑や公園も偏在しており、近代都市はこうありたい、と思わせるお手本のような都市づくりだ。

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2007.11.04

メッカの方角を知る方法

Corner_2 いつでもどこでも毎日5回、イスラム教徒はメッカ(正確にはメッカにあるハラームモスクのカーバ)の方向を向いてお祈りをささげる。しかし、いったいどうやってメッカの方角を知るのだろう

もちろんモスクの中には方角を示すものがあるのだが、家ではどうするのか? この点、プーケットに住むイスラム教徒は真西の方角を見れば良いらしく、日没の方向に向かってお祈りしている。

マレーシアで泊まったホテルでは、天井に「KIBLAT」と書かれた矢印が貼られているのをよく見た(写真)。これは非常口ではなく、お祈りすべきメッカの方角を示したものだ。

だがイスラム教徒がイスラム圏以外を旅行する場合はどうすればいいのだろうか? そんな人のためだろうか、雑貨屋でこんなものが売られていた。

Mcompass_5

ご覧の通り真ん中にあるのは普通の方位磁針だが、外周に角度盤と矢印のような塔がついている。このコンパスには、世界中の地名と角度を示した小冊子が付いている。

Degrees

小冊子を見ると、例えば日本の京都なら100度と書いてある。これはつまり、京都からだとメッカは磁北から100度西の方角であることを意味する。なので、方位磁針の赤い針(北)と、外周の100が一致するようにコンパスを回すと、そのとき塔が示した方角がメッカの方角になるコンパスなのだ。ちなみにクアラルンプールは85度、バンコクからは90度、ロンドンからは250度だった。

なるほど、これは便利だ。ところでこの外周盤を見直してみると、一周は360度ではなく400度になっている。なので我々の基準と比べると、1度の大きさは360/400、つまり9/10=10%減だ。なぜ400なのかは全くわからない。また一つ調査課題ができた。

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2007.11.03

タイとマレーシアの文化差とロングステイ

Kl1マレーシアのクアラルンプールに一週間滞在し、プーケットに戻ってきた。行く度に思うが、タイとマレーシアは、隣同士のくせにあまりにも違う。

共に東南アジアの国で、気候も温暖で海があり物価が安いという共通点があり、生活インフラも整い、ロングステイの人気の渡航先でもあるのだが、この二つの国の違いは、スペインとポルトガルの違いとか、アメリカとカナダの違いとかのレベルではない。全くの異文化の国、と言ってしまって良いだろう。

まず人種が違う。タイにはわりと小柄な人が多く、肌の色も日本よりは黒いとはいっても相対的なレベルだが、人種のるつぼのクアラルンプールでは、割と小柄なマレー人や華人だけでなく、サモア人のような巨大な人や、肌の色が真っ黒なインド人も多く見かける。Kl2

次に宗教が違う。だから食べ物が違うし(マレーシアでは華人エリアを除き豚料理をほとんど見ない)、服装が違う(イスラム女性はスカーフをかぶるし、民族衣装の人も多く見かける)。

そして言語が違う。タイ語はどちらかといえば中国語に近くシナ・チベット語族に属し、マレー語はオーストロネシア語族に属する。言語学的に親近性はないとするのが通説だ。

どちらの国も面白いし、いい国なのだが、日本人にとってはマレーシアの方がハードルは高いと思う。海外生活にあたっては、言葉の壁と文化の壁という二つの壁があるが、タイは言葉の壁は高いが文化の壁が低いのに対し、マレーシアは言葉の壁は低いが文化の壁が高いからだ。

言葉の壁という点では、タイ語にはタイ文字、声調、有声音と無声音、長母音と短母音の区別などの日本人にとって過酷な壁がある。タイ国内の英語の通用度もまだまだだ。それに対しマレーシアでは、マレー語は文字はローマン・アルファベット表記だし発音も難しくない。英語の通用度もかなり高く、街中の人たちと英語でもそこそこ込み入った話ができる。

Kl3_2ところが文化の壁の面で、マレーシアは日本人にとっては壁が高い。イスラム教とその生活習慣や、インド人とその生活習慣は、多くの日本人にとって全く経験したことがない初めて目にするものになるだろう。そこそこマレーシアにも慣れた私でもまだ威圧感を感じることも多い。ただし華人エリアは別で、漢字も中華料理も観音様もそこにはある。他方、タイ文化の場合は、仏教文化、礼儀正しさ、王室尊重の習慣など、日本人にとっては親近感があり、受け入れやすい。文化の壁は低いのだ。

ロングステイ先選びにあたっては、この辺のことも理解しておきたい。

#写真は全てクアラルンプールの市内での撮影です。1枚目・銀行、2枚目・電車を待つ女学生、3枚目・救急車(赤十字ならぬ赤新月マークが見える)。

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2007.10.02

ランカウイ島写真集

Mangrove

昨年の年末年始はマレーシアのランカウイ島で過ごした。ペナン島からフェリーで約2時間半。近年リゾート地として開発が進むランカウイだが、繁華街といっても店が数十件並んでいる程度で、まだまだ手付かずの自然が残っている。さあ、そろそろ今年の年末年始の予定を立てないと。

Mangrove2

↑豊かな生態系をはぐぐむマングローブ林。

Langkawi

↑離島のビーチ。

Monkeyl

↑観光客慣れしたサル。たぶんカニクイザル。

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2007.10.01

マレー語を表記する3種の文字

Kedaiマレーシアに行ったことがある人は、左のようなローマ字で書かれた看板を目にしたことがあるだろう。現在マレー語はローマン・アルファベット26文字で表記される。ところがマレー語(およびインドネシア語)をローマ字で表記するようになったのは実はわりと最近で、19世紀後半に始まるイギリス植民地時代からだ。それまでは、ジャウィ文字という、アラビア文字の一種を使っていた(下の写真)。



Jawiジャヴィ文字は、マレーやインドネシアの地にイスラムが普及した14世紀頃から使われた。14世紀末にマラッカに建国されたマラッカ王国は、イスラム商人との貿易の促進のため、国王がイスラム教に改宗したり、イスラム国宣言したりしている。こうしてアラビア文字(ジャウィ文字)が使われるようになり、これは約500年続く。

Palembangではイスラムが来る前はというと、インド系の文字を使っていたようだ。当時のマレーとインドネシアはシュリヴィジャヤ王国の版図であったが、インドネシアのパレンバンに残るシュウリヴィジャヤ王国建国を示す7世紀の石碑が、パラッヴァ文字で書かれている(左の写真)。パラッヴァ文字というのは、南方ブラーフミー文字の一つで、現在のヒンディー語表記などに使われるデーヴァナーガリー文字の親戚だ。

同じ言語を表記するのに大きく体系が違う3つの文字の歴史を持つ、特異な歴史だと思う。

[※参考]
ジャウィ文字 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%A3%E6%96%87%E5%AD%97

ブラーフミー文字http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%9F%E3%83%BC%E7%B3%BB%E6%96%87%E5%AD%97

#ジャウィ文字の写真はこちらのサイトからいただきました。

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2007.08.29

『熱帯雨林』 湯本貴和著 を読む

マレーシアに行く前になんとなく買った本。テーマがアジアの熱帯雨林、著者が京大理学部卒で京大生態学研究センターの方なので、てっきりサル学の延長でオランウータン社会のことでも書いてるのかと思いきや、主役は動物ではなくて植物の本だった。

本書の主題は、多様な熱帯の動植物の『生物間相互作用』の紹介にある。筆者は「地球上の生命の歴史は、さまざまな生物の共進化と生物間ネットワークの歴史と読みかえることができる」という。私的に換言すれば、生物は食い食われながら、自己の存続のために互いに進化してきた、そんな中で互いを利用し合うネットワークがいたるところで成立している、というくらいだろうか。

たくさんの熱帯の植物の紹介があるのだが、アリ植物などは特に興味深い。植物が、葉や茎を昆虫に食べられないように、アリをボディーガードとして雇っているという例だ。植物の中にアリを住まわせて、食べ物(蜜)も提供し、アリは他の昆虫をおっばらう。一緒にアブラムシも住まわせて、三者で共存共栄を図っている例もあるようだ。アリは植物に巻きつく他の植物のツルを噛み切ることもあるという。これは光をめぐって他の植物と競争している植物を助ける効果もある。また、以上のような防衛目的ではなく、アリを住まわせる代わりに、アリが出す食べかすや排泄物を栄養分としている栄養摂取型の植物もあるという。

新書版ながら内容はとても充実していて、読みごたえ抜群。植物学者・生態学者はこういうことをこういう手法で研究しているのか、と研究生活が垣間見える。結論だけを書くのではなくて、手法やデータや推論過程も書いているので、門外漢には専門的すぎるきらいもあるが、それは良い面と言えるだろう。好著。

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