2008.07.07

究極のエコシップ

Horie 海洋冒険家の堀江謙一氏(69才!)が、約4か月かかってハワイから紀伊水道までの6,000kmの単独航海に成功したそうです。
http://www1.suntory-mermaid2.com/sm2_main.html

実はこの船、エンジンがない。帆もない。 推進力はなんと波。波浪推進船といいます。開発したのは東海大学の寺尾教授。


Map
詳しい仕組みは理解できませんでしたが、 流体力学によると、波によって船が上下に揺れる運動が、 船につけられた水中翼により、船を前に押し出す力に変わるんだそうです。 日本の技術はすごい。
http://www2.scc.u-tokai.ac.jp/www3/news/fune/wavepowerboart/wavepowerboart.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1312372603

航海日記を読むと、スピードは常時2~3ノット(時速4-6kmくらい)出ていたようです。ん、歩くスピードと同じくらい?意外と遅い。

Wavepowerboat3ところで 堀江さん、食事は電子レンジでシューマイやらご飯やらを温めたりもしていたようです。えっ電子レンジ? 推進力に使わなかっただけで、電気はあったんですね。そういえば屋根にソーラーパネルが。

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2008.07.06

お知らせ

タイに関する記事を本館からスピンオフさせて、分館にまとめました。

今後はもっぱらタイに関する記事は分館のみに掲載します。タイの文化を語りながら日本の文化を考える類の記事は、こちらにも掲載します。

タイ記事はアカデミック色が強かったので、今後はこちらではもう少し柔らかな内容になると思います。

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東ティモール産コーヒー

Coffee 昨日もちょっとしたシンポジウムに参加してきた。地球研(総合地球環境研究所)というところ主催の、こんなやつです。
http://www.chikyu.ac.jp/archive/topics/2008/forum_080705_annai.html

この中で、東ティモールのコーヒー栽培の話があった。



東ティモールという国、覚えている人いるでしょうか?

2002年にインドネシアから独立したばかりの国で、独立前後には盛んに報道されていたけど、最近はすっかり聞かないですね。 私もすっかり忘れてました。

で、この東ティモール、独立を果たしたは良いのだけれど、 国民一人当たりの年間所得がUS400ドル未満と、 世界でも最も貧しいエリアの一つなんだそうです。

そこで、ここを地域研究のフィールドとする学者さんや NGOのメンバーは考えた。

この地は山が多く高度が高く、良質のコーヒーが育つ。以前からコーヒー豆の栽培はされていたのだが、ノウハウがなかったため、 豆そのものの品質は良くても収穫後のケアが悪く、全体としての品質は良くなかった。 そこで、彼らにノウハウを伝授し、できた良質のコーヒー豆を日本で売ってみよう。そうやって彼らの所得水準の向上をお手伝いしよう。

こうして日本に持ってこられたエルメラ・マウンテン・コーヒー
エメラルドマウンテンじゃないですよ。
このエルメラのクオリティは、ブルー・マウンテンに匹敵するのだとか。 とりあえず一袋購入してみた。値段は250gで1000円。けっこういい値段してます。 味の方はというと、香り良し、口当たりも良いと思う。十分合格点。

ま、こういうのは無理せず、細く長く付き合っていくのが良いですね。

* * *
追記  このコーヒーを飲んでみたい方は、関西圏なら阪神百貨店で、ネット通販では池田珈琲屋さんにてお買い求めいただけます。

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2008.07.01

夏越祓(なごしのはらえ)

01300 昨日は「環境市民」というNPO団体の、会報発送ボランティアに参加。

会員向けの会報を、折って、封筒に詰めて、宛名を貼って、という地味な作業をしながら、みんなでわいわいくっちゃべる、月一回の企画だ。 運営スタッフをはじめ、地域のおばちゃんから学生までいろんな人が集まるので 数時間なんかすぐ過ぎて、初参加の私もとても楽しい時間を過ごさせてもらった。

途中、スタッフさんが気を使って水無月という和菓子を持って来てくれた。


「6月30日は水無月を食べて、神社で茅の輪(ちのわ)をくぐる日なのよー」


なんじゃそりゃ?冷や汗

これ、「夏越祓(なごしのはらえ)」という行事だそうだ。毎年6/30に行われる、半年間に犯した罪や穢れを払う行事で、 神社にこの日だけ登場する茅でつくった大きな輪をくぐって穢れを払うんだとか。 そんでもって、この日には必ず水無月を食べる。水無月は小豆菓子で、小豆には悪霊払いの意味があるらしい(写真)

こういうのがあるから、京都住まいは楽しいね。
今年ももう半分が終わったのか。

【参考:夏越祓と水無月】
http://www.kanshundo.co.jp/museum/gyoji/gyoji_18.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A5%93

ついでに、帰り路に下御霊神社で井戸水をペットボトルにゲット! 明日はこの水でお米を炊くのだ。

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2008.06.29

田植えデビュー

Ta 本日、田植えデビューしてきた。
泥沼のような水田に素足で入り、苗を30cm間隔くらいで手植えした。 水田の中には蛙になりかけのオタマジャクシやら、タニシやらザリガニやらが たくさん。最初は何やら臭う濁った泥沼に「マジでここ?」とひるんだが、 やってみると水は冷たくて気持ちよく、アメンボを追っかけたりするのも 純粋に楽しかったかも。

今回は、「自給農法」を提唱している糸川氏とそのお弟子さんの杉原氏にお世話になった。 普通は田植えというのは5月のゴールデンウィーク頃の 風景だという。6月末に田植えとはのんきなもんだが、これには理由がある。

このお米、完全無農薬なのだ。
さらに、肥料も一切やらない、完全有機栽培だ。
そして機械は一切使わない、完全手作業。

そんなことができるのか、と半信半疑だったが、米という生物が本来が持つ強さを最大限に生かし、土づくりにとことん こだわれば、稲は十分に育つのだという。世界中で主食として食されている作物は、本来は手がかからない作物がほとんどらしい。

それに、換金作物として米をつくる場合は、時期や量がプライオリティ になるが、自分で食べるためにつくるのだから、味や安全性がプラオリティ になる。目的が違えば、手段が違うのは当たり前だ、と教わった。

たとえば、普通冬の間は田んぼは水を抜いてカラカラにしておくもんだが、 有機農法→自然の栄養分が必要→稲にとっての栄養分とは自然の生物が 住める環境・・・という発想で、冬の間でも田に水を張って動植物を 遊ばせておくので、まるで沼地のようになっている。これが最良の土になる。

6月末に田植えをする理由はこうだ。
米は本来熱帯の植物なので、暑さを好む。それなのに、なぜ日本で一般に5月頭に田植えをするのかというと、 兼業農家が増えたので働き手が帰省できるゴールデンウィークでないと田植えができないとか、早く作って早く新米を出荷した方が 良い金になる、とかという事情があるのだそうだ。 それでまだ寒いうちに苗を植えるが、寒いから稲が病気になりやすい。 だから農薬を使う。

Ta2 その点糸川式では、農薬を使いたくないので、苗が十分に育つ6月まで待つ。人間とおんなじで、そこそこ大きくなれば苗も病気に かかりにくくなるので農薬がいらない。

雑草対策としても6月末の田植えは有効だ。 糸川式では、暖かくなって雑草が生えてきた出鼻に代掻き(土を掘り起こす) をして、雑草に壊滅的な打撃を与えてから、苗を植える。だから雑草が生えにくい。5月の田植えでは、その後暖かくなるにつれて雑草と稲が一緒に生育してくるので、雑草だけを抜くのが大変だとか。 だから除草剤を使いがちだ。

収穫時期も、換金作物としては、早く刈って早く新米として売る方が 儲かるので、さっさと刈って、ドライヤーで乾かすことになる。 しかし糸川式では、米の糖度を高めるために、いつまでも田でじっくり寝かせ、 刈り取った後の米は一か月くらいかけて天日に干す。こうして出来た米は、抜群に美味いのだとか。

とこのように、近所の農家のオヤジに 「これは道楽やね」と言われるような、芸術的な農法なのだそうだ。

農業も奥が深くて楽しい。 詳しくは、「自給農法研究会」のHPをご覧ください。米だけでなく、野菜を有機無農薬で作る自給農法も詳しく書かれています。


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2008.06.27

日本の森をなんとかしよう

Kumamori 近くで講演会があったので、聞きに行ってみた。

実は私はかなりの講演会・シンポジウムマニアで、学生時代からいろんな所に出没している。その縁で他大のゼミに参加させてもらったり、 社会運動家のカバン持ちで自民党の総務会長に直談判に行ったり、刑事裁判の陪審員をしたり(法的拘束力なし)、といろいろと貴重な経験をさせてもらってきた。一流の人間の話を聞くのは、いつだって楽しいもんだ。今の学生たちにもぜひお勧めしたい。

さて、今回の講演会は題して、「クマたちが棲む豊かな森を次世代へ」 。 日本熊森協会の会長の森山まり子さんのお話だった。そして、涙が出るほど感動してしまった。

この団体は、

「絶滅寸前のクマを殺すな。クマや他の動植物のために、奥山は彼らに残し、里山は人間用にと森を棲み分けよう」

「ブナやミズナラなど広葉樹に囲まれ、光がさして明るく、 水源に富み、多様な生物のすみかとなっていた日本の奥山を取り戻そう」

「スギやヒノキの森は民家に近いエリア(里山)において、その割合は山全体の3割に抑えよう」

というような活動をしている、

自然環境保護については行政は後手後手で頼りにならない。 学者も黙って見てるだけ。だったら自分らで動こう。 兵庫県の中学生たちが始めたそんな運動が、今では3600人の団体になった。

Meitotoro 私達の祖先が愛情をもってはぐくんで来た森。 そこにはクマがいる、シカがいる、サルがいる、たぬきがいる、うさぎがいる。 ブナやミズナラを中心とした広葉樹でできた森には陽の光があふれ、 草が生え花が咲き、鳥や昆虫がたくさんいる。豊富に水を蓄えた土は たくさんの命をはぐくみ、そんな森からしみだしてきた地下水は 清流となり、あるいは井戸水の原水となる。 日本むかし話に出てくる日本の原風景やトトロの森は、こういう森だ。

だが今の日本の森はどうだろう?
どこを見ても、コーン型をした深緑の木だけ。スギ・ヒノキだらけだ。これらはほとんどが戦後、材木用にもともとの森を切って、植林されたものだ。 スギやヒノキは針葉樹で冬でも葉が落ちず、日の光がまったく 入らないので森の中はいつでも暗い。根も短く保水力がないので、 雨はすぐ流れ出してしまう。こんな地には動植物は住めず、 どんどん種が絶滅していく。クマもサルも森にエサがないから、仕方なく人里に出てきて、畑の野菜を食べたりして害獣扱いされ射殺される。

しかもそのスギ・ヒノキも需要が減り、枝打ちもしない放置林だらけとなってしまい花粉症の主因になっている。 森に保水力がなくなったから、洪水もがけ崩れも増える一方だし、都会の人が飲む水もまずくなる一方だ。

彼らは、ただの中学生と理科の先生だった。
しかし、クマの住める森を残そう、という情熱を持って活動し、 ある時は知事を動かし、ある時は天皇陛下を動かし、 ある時は農家や猟銃会とひざを突き合わせ、ある時は 金を集めて山を買い、少しずつ森を残してきた。

それでも、多勢に無勢。森は荒廃し、種は減る一方だ。とまあ、こういう話を聞かせていただいた。

この森の問題、水の問題は、私にとってはどういう問題なんだろう? 変に正義感にかられたとき、私はいつも自問自答することにしている。

まず私にとって無関係ではない。飲み水の安全性の問題、花粉症の問題、土砂災害の危険という問題は、自分の生活そのものだ。

それと同時に、これはポストモダンの文明論の問題ともいえる。 21世紀型の人間のライフスタイルの問題だ。

そして何よりも、日本の原風景は、日本人の誇りそのもの、私の 日本人としてのアイデンティティの問題だと思った。

なんとかしなくちゃいけない。そう思った。さて、何をしよう。

◆日本熊森協会
http://homepage2.nifty.com/kumamori/

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2008.05.31

タイ語の50音と日本語の50音 ~日本の中に眠るインド

50on

上の写真は、タイ語の”50音”(正確には子音44音)の一覧表である。左上の鶏の「ゴー・ガイ」から始まって、右下のふくろうの「ホー・ノックフック」で終わる。

注目したいのは、その並び順だ左上から右下に順に読んでいくと、日本語の50音順、すなわち「アカサタナハマヤラワ」と実に似ている。タイ語の場合、日本語と違って、同じ音なのに違う文字があったり、声調の関係でカタカナで書くと同じだが実際には違ったり、有気音と無気音の違いがあったりして例えば「K(カキクケコ)音」にもいくつもの文字があるし、一方日本の50音では濁音(バとかガとか)などは全て後ろにまとめているという違いはあるが、この並び方は偶然にしては似すぎていないだろうか。

この法則に気づき、これは調べる価値があると思った。

タイ文字というのはクメール文字をベースに作られており、クメール文字はもともとサンスクリット語を表記するための文字で、インドにルーツがある。

一方、日本文字の方は、漢字の万葉仮名利用→草書化→ひらがな、となったわけで、ここまではインドとの関係は見られない。しかし、50音として並べるときに、どうもサンスクリットの音韻学(悉曇学)に習ったようだ(参照:ウィキペディア)。これが似ている理由だろう。意外なところにインドの影響があるのが面白い。

* * *

実はタイを調べていくと、タイの中に日本と似たものがあることに気づき、そのルーツが仏教であり、サンスクリットであるということがよくあるのだ。

考えてみれば、仏教というのは日本の歴史を通じて長い間最先端の学問だったわけで、留学した空海や最澄はもちろん、日蓮だって法然だって親鸞だって日本最初の大学とも言うべき比叡山延暦寺で学んでいる。仏教体系の中には戒律や念仏ばかりではなく、哲学も天文学も呪術も含まれている。仏教はいわば総合学問だったわけで、その学問の多くはインドからやってきた。日本の中にはインドがたくさん眠っている。タイに触れてみて初めて、こういうことに気づくのが面白い。

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2008.04.25

プーケットのサッカーTV観戦事情

Cronaldo昨日、一昨日とUEFAチャンピオンズリーグの準決勝2試合をテレビ観戦した。

タイ・プーケットというのは海外サッカー好きにはなかなか居心地の良い場所だ。というのは、われわれ外人が住むような家やホテル(さして高価でなくても良い)ではまず間違いなくケーブルTVが映るので、チャンピオンズリーグはもちろん、EUROもプリミアリーグも有名どころの試合はたいてい見れるのだ。リーガもセリエもブンデスリーガもチャンネルを回せば、プリミアほどの試合数はないが見れることがある。こないだまでアフリカネーションズ杯もやっていた。

家のテレビで映らないときは、急きょパトンビーチまで車を飛ばせば良い。そこにある300は下らないと思われる数のバービア(ビールを飲めるオープン カウンターのバー)ではたいてい店のテレビでサッカーを流しているので、どこかの店で必ずお目当ての試合を見ることができる。これまでチャンピオンズリーグの他にもFAカップやTOYOTAクラブW杯をバービアで見てきた。

いいことだらけのようだが、問題がないわけでもない。というか、三つもある。

まず、いったい何時に、どのチャンネルで放映するのかを調べるのが一苦労なのだ。ケーブルTVのチャンネルガイドのようなものは(少なくても我が家には)存在しない。だから予めいろんな情報源から日程を下調べしておいて、放映時間が来たらお目当ての番組になるまでひたすらザッピングする。運悪く我が家のテレビでは映らなかったりすると、それからパトンビーチまで車を飛ばすこともある。800pxtimezones

放映時間を調べることはもっと大変だ。たとえばUEFAのサイトを見ると、試合開始時刻が20:45と書いてある。イングランドのスタジアムでやる試合だからイギリス標準時かと思いきや、UEFAは標示を中央ヨーロッパ標準時で統一していた。中央ヨーロッパ標準時は東経15度線を基準としているので、東経105度のタイとの時差は6時間か、と早合点していると、ヨーロッパは3月末からサマータイムを導入していて、現在は時差が5時間だった。だから20:45+5:00で、25:45、つまり深夜01:45だ。この下調べと計算を毎試合やっている。

そしてもう二つ目の問題は、放送事故で試合の途中で映像が急に消えることがわりと頻繁にあることだ。先日も楽しみにしていたバルセロナ戦でこれをやられた。

さらに地上波の放映の場合、皇室関連の行事があるときには全チャンネルが強制的に皇室行事に切り替わる。2006年ワールドカップの日本対オーストラリア戦は、あいにく現国王様の在位60周年式典と重なってしまって、さんざん待たされたあげくに最後の25分(たてつづけに3点入れられたあの屈辱のシーン)しか見ることしかできなかった(→詳細こちら)。

三つ目の問題は、日本代表の試合はあまり放映しないことだ。さすがにW杯予選は(とくにタイと日本は同じグループだ)どこかでやっているが、キリンチャレンジカップなどは見れない。Jリーグはまず見れない。

まあ以上のように良い点も悪い点もあるものの、私はこの現状に大満足で、この時期になると毎週のように、まずシャワーを浴びて一眠りしてから飛び起きて、夜中の試合を見ているのだ。

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2008.04.17

タイの新年がソンクラーン(4/13)である理由

Muchazodiac_2 前回、タイ社会の中に黄道十二星座暦の影響がある、という話をした。

実はタイ語の月名も星座名も、サンスクリット語からの外来語だ。こちらのページに現代インドでの黄道十二星座の呼び方が載っているが、タイ語と全く同じで驚いた。

それもそのはず、黄道十二星座暦そのものが、実はインドの天文学(そして占星術・・・当時は未分離だ)としてタイに伝わってきたのだ。一般にサイデリアル方式と呼ばれているものがそれにあたる。

この黄道十二星座暦は古代バビロニアにルーツがあり、ギリシャ文明を経由して、西洋とインドに伝わっていった。西洋のものがトロピカル方式、インドのものがサイデリアル方式と呼ばれている。星占いの~座というのは西洋占星術だが、 西洋占星術とインド占星術とは兄弟分といえるだろう。そして日本人は主に西洋から学んだ十二星座で星占いをし、タイ人はインドから学んだ十二星座で月を呼 んでいる。この辺も実に面白い。

さて、それでは本題に戻ろう。なぜ4月13日を新年として祝うのか。4月13日の太陽は、春分点でも夏至点でも秋分点でも冬至点でもないし、はたまた地球と太陽の近日点でも遠日点でもない。この日に何か特別な意味はあるのか? 

実はこの答えこそ、黄道十二星座暦サイデリアル方式の本質だった。

ここで一つ追加で説明しておかなくてはならない。これまで「~座(~宮)」という表記をしてきたが、両者は違うものなのだ。前者は星座で、後者の「~宮」と いうのは、黄道を12で割って、そこにある12星座に等しく30度ずつ受け持たせた架空の概念だ。黄道上の実際の星座の大きさには大小があって、たとえばおとめ座 は太陽44日分の移動距離があるけど、かに座は21日分しかない。これでは不便なので、同じ大きさにしてしまったのが黄道十二宮という概念だ。西洋のトロピカル方式も、インドのサイデリアル方式も、黄道十二宮を使う点は共通している。 

さて、では4月13日には何の意味があるのか?

この答えは実はシンプルだった。黄道十二宮が成立したと思われる古代バビロニアの時代では、4月13日に春分点があったのだ。太陽が真東から昇り、一日の昼と夜の長さがほぼ一致 し、天の黄道と天の赤道が交差する春分点は、一年の始まりにふさわしい。

そしてこの日に太陽がおひつじ座の位置にあるので、ここを白羊宮 (黄道0度~30度)の入口とした。だから春分点=太陽が白羊宮に入るとき=新年だった。

Zodiacart2 それが地球の歳差運動のため、数千年後の今では春分点が25日ほどずれてしまった。これへの対処法の違いがトロピカル方式とサイデリアル方式の違いで、トロピカル方式では春分点に合わせて白羊宮の位置をずらした。つまり星座の位置からは少しずれたところにその名称を持つ「宮」が存在することになってしまうが、春分点との関係を優先させたのだ。一年のはじまりである黄道0度の場所をずらしたということだ。トロピカル方式では新年は春分点=3月21日頃になる。

それに対してサイデリアル方式では、星座と宮の位置の重なりを優先させ、宮の位置をずらさなかった。この結果、春分点は無視することになった。新年は春分点とは関係なく、ただ単に太陽が白羊宮に入ったときとなった

毎年4月13日には、太陽がサイデリアル方式での白羊宮に入る。タイで4月13日が「ソンクラーン」=新年であるのは、こういう背景があったのだ。

なお、インドの黄道十二星座暦が影響を及ぼした地域はタイだけではないだろうと思って調べてみたら、ミャンマーでも同じように新年を祝うし、シーク教徒にとっても新年だそうだ。さらに、この日のタイのテレビではインドのガンジス川で沐浴する人たちの映像が流れていた。南アジアから東南アジアの広い地域にかけて、この日は新年なのだろう。


これからは昼間の太陽を見て、この後ろにおひつじ座があるな、とか、そろそろ白羊宮から金牛宮に移ったな、なんて想像してみるのも面白いかもしれない。

【参考サイト】
http://www.lunarplanner.com/siderealastrology.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Zodiac

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※脚注 太陽が黄道0度に来る日は、うるう年の関係で4月13-14日から前後することがあるが、現在タイでは4月13日をソンクラーン初日と固定している。

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ソンクラーンで気づいたタイの暦と黄道十二星座の関係

Songkran4月13日はタイの旧暦正月、ソンクラーン(สงกรานต์)初日だった。

ソンクラーンといえば有名なのは水かけ祭り。詳しくは触れないが、夏真っ盛りのこの時期の水合戦はとても気持ちがよくて楽しい。私も当然大騒ぎしてきた。一枚だけ写真載せておきます。

しかし、いったいなんだってこんな時期に新年を祝うんだろう? 

Wikipediaを調べると、ソンクラーンとはサンスクリット語がルーツで、「遷移」を意味する言葉だという。この時期に太陽が黄道十二宮の一つである白羊宮(おひつじ座)に入ることに由来する。

しかし、太陽が白羊宮(おひつじ座)に入るってどういう意味だ? そしてなぜそれが新年なんだろう? 

調べてみてわかった。地球から見ると太陽は、毎年同じルートを通って一年間をかけて天球上を一周している。この通り道を黄道というのだが、黄道上には12の星座(おひつじ座、おうし座、ふたご座、かに座、しし座、おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座、やぎ座、みずがめ座、うお座)がある。これらの星座はずっと遠くにあるので動かないから、座標として使える。つまり、今日は太陽がおひつじ座に入ってから3日目だ、とか、私が生まれた日は太陽がさそり座に差し掛かってから10日目だとかいうように、太陽を針、星空を文字盤として、暦として使えるのだ。(ただし太陽が出ているということは明るくて星が見えないということなので、正確な計測は難しかっただろうけど。)

この暦の方法を、仮に黄道十二星座暦と命名しよう。新年が黄道十二星座暦に関係あるなら、タイの日常には何か他にも黄道十二星座暦の名残りがあるはずだ、と探していたら、それは意外なところに見つかった。タイ語の月の呼び方だ。下図を見てほしい。


ピンクのところを比べてもらえれば、左の月名と右の星座名が全く同じ語幹を持つことがわかるだろう。4月を例にとると、4月はタイ語でメーサーヨン。語尾のヨンは30日であることを表す言葉なので、語幹はメーサーだ。他方でおひつじ座はラーシーメット。ラーシーは~座の意味なので、語幹はメーット。タイ語の音便の関係で発音はちょっと違っているが、文字を見れば全く同じものだとわかる。他の月も同様にみなこの法則が成り立つ。

つまりタイ語の月名は、「~座(~宮)に太陽がある月」という意味を持っているわけだ。これは実際の太陽の位置とも一致(ほぼ)している。

Month3

タイにはもう二年位住んでいるが、こんなバックグランドがあるとはこれまで全く気がつかなかった。面白い発見だった。

この記事、続きます

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2008.04.15

シンギングサンズ(鳴き砂)

Karon

英語で「鳴き砂」のことを、Singing Sands とか Whistling Sands とかいうらしい。

ここプーケットにも鳴き砂のビーチがある。カロンビーチと言って、真白の砂がきれいなビーチだ。歩くと「キュッキュッ」と鳴く。

不思議なことに、プーケット島には20や30の名のあるビーチがあるが、砂が鳴くのはカロンビーチだけである。デジカメで砂の鳴き声を録音してみたのでお聞きあれ。


なお、音の正体は石英粒同士の表面摩擦である。砂浜が鳴き砂になるには、1)砂が石英粒を多く含むこと、2)砂粒の直系が0.1mm-0.5mmであること、3)一定の湿度があること、などが要件とされているが、まだ未解明の部分が多いという。砂に油脂や泥粒子がつくと摩擦が少なくなり音が鳴らなくなるため、環境指標としても注目されている。

【参考サイト】
http://staff.aist.go.jp/n.kaneko/bs/what.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Singing_sand

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2008.04.12

一年で最も影が短い瞬間

影に注目して写真を見て欲しい。

90_2

90_1

90_3

※撮影場所: タイ王国 パンガー県カオラック (北緯8.63度、東経98.2度)
                   ル・メリディアン・カオラック
   撮影日時: 2008年4月11日 12時28分

見ての通り、影が異常に短い。それもそのはず、これらは太陽がちょうど真上を通過したときに撮影した写真だからだ。比喩的表現じゃなくて、太陽が文字通り真上を、南中高度が90度のときの写真である。

日本の本土では、太陽が真上に来ることは物理的にありえない。例えば東京では、一番高度が高い夏至の昼時でも78度だ。だがプーケットがそうであるように、北回帰線と南回帰線の間に位置する土地では、年に2回、太陽が真上を通過していく。

そして太陽が真上を通過する瞬間というのは、一年のうちでも最も影が短くなる瞬間でもある。太陽は当然ながら一日の中でも東から西へどんどん動くので、ちょうど真上にあるのはお昼時のほんの一瞬だ。それを待ちかまえて撮影したのが上の写真である。

実は、私が住むプーケットでは、4月10日の12時28分がその瞬間だった。だがあいにくの天気だったので写真が撮れず、翌日、太陽をおっかけて北上して、プーケットから車で2時間ほど北にいったパンガー県カオラックで、この瞬間を撮影することができた。曇り空で太陽光が弱いのが残念だったけど。

#データは国立天文台暦計算室から取得した。GoogleMapと連動して、世界中の任意の地点での太陽や月の動きを計算してくれてとても便利。

ま、もの好きと言われればその通り。

おまけ。ル・メリディアンの園内とそこで見つけた大トカゲ、そしてカオラックの海。

Meridien

Tokage

Khaolak

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2008.04.10

一年分のアジア気圧配置図

先日から何度か書いているように、太陽の位置は近くなったり遠くなったりしているにもかかわらず、一年中気温がほとんど変わらないプーケットの気象の原因を解明することが、最近の自由研究課題です。

鍵はモンスーン(季節風)がもたらす雲と雨にあると思う。そこで、まずこの地域の一年間の気圧配置を調べようとウェブを漁っていたら、タイの気象庁のウェブサイトでアジア全域の気圧配置図を見つけた。2007年4月から1ヶ月おきに一年分並べて見てみよう。

20070409

20070509

20070609

20070709

20070809

20070909

20071009_2

20071109

20071209

20080109

20080209

20080309

20080409

分析はまたおいおいと。

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2008.04.09

鍵を忘れて(笑い話)

Keyタイの大学のクラスのみんなと一泊二日の研修旅行でホテルに泊まったときの話。

私の部屋は四階だったのだが、部屋の前まで来てフロントで鍵をもらい忘れたことに気がついて、今のぼってきたばかりの階段を下っていたところ、二階のホールの一番奥にいた友人Tに目ざとく見つかってしまった。Tは女子大生。イスラム教徒で、英語が堪能なので、いつも話し相手になってもらっている。

「何やってるのーーーーー?」(英語)

彼女が遠くから叫ぶ。
私は鍵をもらい忘れてまた階段を往復しなければならない自分のアホさ加減に少し照れながら、彼女に聞こえるように大きな声で、端的にこう答えた。

「KEEEEEY!」(キーーーー – 鍵のこと)

これを聞いた彼女は少しとまどった後、笑い転げた。彼女の近くにいた友人達も話を伝え聞いて一緒に笑い転げて、しばらく止まらなかった。

そんなに可笑しいか?と一人合点が行かなかったが、理由を聞いて笑うしかなかった。

タイ語で「キー」は、「う○ち」のことなのだ。しかも英語のKEYとタイ語の「う○ち」は、声調まで完全に一致するのだ。

フロア全体に聞こえるような大声での私の「う○ち」の返答に彼女は戸惑いながらも、彼の部屋にはトイレがないのか???との考えが頭をよぎり、やっと鍵のことね、と気づいて大笑いしたのだ。

その後この話は伝え伝わって、うちの学科では、「ちょっとバイクの鍵かして」なんてタイ人同士で言うとき、「キーかして」というのがしばらく流行った。

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2008.04.07

ギボンという「サル」

Gibbon0_2最初にギボンという動物の存在を知ったのは数年前、パトンビーチをふらついていた時にたまたま知り合ったオーストラリア人の言葉だった。

「我々はここにしっぽがないサルの取材に来てるんだよ」

なんじゃそりゃ? サルには普通しっぽがあるもんだろ、とその時は信じていなかったのだが、ギボンという名称だけは一応頭にインプットされた。

その後何かの折にネットで調べてみたが、「ギボン」ではぜんぜんヒットしなかった。英語の「Gibbon」で調べるとそれなりにヒットするものの、写真も少ないし、生物学の英単語は難しくてぜんぜんわからない。それで、まあそういう珍しいサルがいるんだな、日本では無名だけど、くらいに考えていた。

その積年のもやもやが、晴れるときがきた。ここプーケットにあるギボンのリハビリテーションセンターが一般人の見学も受け付けているというのだ。それなら、と早速行ってみた。

Gibbon1

Gibbon2

Gibbon3

ギボンの特徴は、まず顔の輪郭を描くように毛が白くなっていること。手首から先と足首から先も白い。体毛は黒、茶、グレーなど何種かあるようだ。

次に、手がとにかく長くて太いこと。だらりと手を下に伸ばしたときの長さは足先まで届くくらいだ。この太い腕を使って木から木へと移動する。今日もうんてい遊び・鉄棒遊びを活発にしていた。オランウータンの動きに共通するものがある。

それから、どこからこんな大きな声が出るんだかと驚くほどの大声で、ホーォ!、ホーォ!と吠えていた。これがとても美しいソプラノで、歌を歌っているように聞こえる。ペアで歌ったりする様はまるでオペラでも聞いているかのようだった。

ギボンはタイ語ではチャニーというらしい。

そして、確かに尻尾はない。

園内に、霊長類の系統図上の位置づけが図示されていた。

Gibbon4

右から5番目にギボンが見える。

わかった! このギボンは、日本では「テナガザル」と呼ばれているものと同じだ! どうりでギボンで検索でヒットしないわけだ。なんだかとってもすっきりした。

しかし、テナガ「サル」とは呼ぶものの、こいつは生物分類学上は狭義の意味でサルじゃない。オランウータンやゴリラやチンパンジーや人間などと同じくヒト上科に属するのだ。サルよりは知能も良いと思われる。このカテゴリに属するならしっぽがないのも納得だ。

でも、それなのになんでテナガ「サル」という名前なんだ? 想像するに、ギボンは古くから愛玩動物として飼われていて、中国では水墨画の題材にもなっていたというので、おそらくは日本にも分類学が発達する以前から伝わっていたのだろう。そして確かに見た目はサルにも見えるし、手が長いから「テナガザル」、とまあこんなところだろうか。

檻の中で飼われていたものの、愛嬌たっぷりにオリンピックの体操の種目の吊り輪のようなパフォーマンスをたくさん見せてくれた。目がくりくりしていて可愛らしく、顔の輪郭と手足だけ白い毛並みもきれいだった。

【便利サイト】 世界の霊長類
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/PRI-QandA/BKeitouju.html

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